近況

久し振りの投稿。デイケアに通い始めて少し慣れてきたけど、コロナの関係でデイケアはとりあえずのところ五月の連休明けまで休むことにした。つまりここのところずっと家で過ごしているわけだけど、精神症状が強く出ていて、居るだけでつらいという時が多い…

たぶんデイケア

前回の投稿から何があったかというと、結局作業所はやめて、就労移行に行くのもやめた。いま家で過ごしているけど、明後日の火曜に市役所に行って、次に通う場所を探す。たぶんデイケアに行くことになると思う。

就労移行支援事業所に行くことになった

就労移行支援事業所に行くことになってしまった。しかも、急な話で、今月中か、遅くても年明けに通い始めることになるっぽい。二か月も家で休んでいたから、かなりハードルが高い。就労移行は、たしか最低でも週20時間通わなければならない。ぼくには話がぶ…

再び作業所か

今日は通院だった。主治医からはぼくがもといたデイケアを提案されたけど、そこは通過型のデイケアだから、どのみちまた作業所なり就労移行支援事業所に行くことになる。それだったら今いる作業所に復帰したほうが話は早いと思ったので、また来週から作業所…

さらなる自己喪失を目指すことを強制されることに対して、抵抗しなければならない

働かずに家で過ごしていることは無意味で、外に働きに出ていれば意味がある、という先入観の押しつけに対して、強い抵抗、恐怖を覚える。ぼくが作業所の時間を増やして、就労に近づけば、ぼくの人生が前進しているというふうに見なされてしまうことに対して…

現況

先日、やはり作業所はしばらく休ませてほしいということを作業所に伝えた。主治医からはデイケアを勧められているし、このままデイケアに移ることになりそう。といっても、しばらくは家で休んでいようと思う。どこかに通うことに対して、かなり恐怖を感じる…

物語の混乱

今日、一か月半振りに作業所に行った。この一か月半の間に自分の身に何が起こったのか、今でもわからない。統合失調症が再発したのだろうか。十月の頭に、生きているのがものすごくつらくなって、このまま作業所の時間が増えて、就労移行支援事業所に移り、…

レディオヘッド、レイン

久し振りに投稿してみよう。 最近はレディオヘッドの音楽をよく聴いている。特に、イグジット・ミュージックという曲をひたすら繰り返し聴いている。ブラッド・メルドーが演奏しているバージョンは以前からよく聴いていたけど、原曲をちゃんと聴いたのは、こ…

無目的の目的、キルケゴール的な絶望、西田幾多郎の善、パウロ

ぼくは病気になってから感情の動きがとても弱くなったんだけど、少しはましになったのかもしれない、けれども普通の人と同じくらいとまではいかない。そもそも普通の人というのが、どれくらい感情動いているのか知らないけど。確認しようもない。だから、ぼ…

求めるかぎりにおいて得られる、原因結果同一の論、何故なしの生

ドラムの芳垣安洋が参加しているアルバムをいろいろ聴いてみたいと思って、iTunes に入っている曲で、彼が参加している曲だけを集めたプレイリストを作ったら意外と多く、107曲になった。ぼくは彼の参加しているアルバムはそんなに聴いていないから、これか…

禁止の効用

禁止する癖は、これもあるがままの自然なものだから、禁止することを禁止しようとすると、事態が複雑になる。禁止は仕方がない。禁止を禁止することなく、禁止を活用したい。(5.21) 村上春樹以外の本を読むことを禁止することにした。このように制限を設け…

懸隔を感じない一体感って信用できるのかどうか

自分の見ている世界に満足してしまうことも多いけど、今までの人生でこの人の目で世界を見てみたい、と思える人に何人か出会った。ジブリの「耳をすませば」という映画のテーマはそれなんじゃないかとぼくは思ってる。自分以外の人の目で世界を見てみたいと…

地獄の季節

ぼくは昔、詩を書いていた時期があった。大学生のころ、もう十年以上前の話だ。そのころは、自分の目に映ったものを誤りなく正確に言語に置き換えるという決まりを守り、写真を撮るように、一瞬の時間目に映ったことを正確に言葉に置き換えようとしていた。…

煙草、ベルクソン

七か月振りに煙草を吸った。禁煙が終わったということだ。 昨日から風邪をひいていて、いま頭が痛い。風邪をひいているときの煙草って、けっこうきつい。 今日で連休は終わり。今日はサンマルクカフェで二時間くらい本を読んだ。ベルクソン「道徳と宗教の二…

四連休、自分の見ているものを言葉にするのは難しい

久し振りに投稿しよう。 今日から四連休。何も予定は入れていない。こういうのはとても久し振り。二日続けて休みというのもめったにないけど、四連休となると一年振りくらいかもしれない。 やはり用事がないのは素晴らしい。もちろん、人と会って遊ぶことも…

喜び、悲しみ、透明な感情(獰猛な欲望)

今日は出かけてきた。朝、家を出る前に15分くらい練習した。夕方に家に帰ってきて、夕飯の前に15分くらい、夕飯を食べたあと、一時間ほど練習した。今日は一時間半ほど練習したことになる。でも、練習していると一時間なんてあっという間だな。一日に最低二…

いせ源のあんこう鍋、安部公房、シュルレアリスム、細野晴臣

夕飯は神保町のいせ源であんこう鍋を食べてきた。初めてのあんこう鍋。知らない世界を一つ新しく知ることができて、よかった。いせ源の前に、神保町のさぼうるという喫茶店でコーヒーを飲んだ。 移動中は安部公房『友達・棒になった男』(新潮文庫)という戯…

ドラムスティック買った

新しい四月始まりの手帳を買った。いま使っている手帳とまったく同じレイアウトの手帳。表紙の色と材質が違うけど、中のレイアウトはほぼ同じ。 楽器店でスティックも買った。スティックを買うのはいつ以来だろうか。たぶん最後にスティックを買ったのは、24…

雪解けか

先週、ジャズのライブを見たとき、二曲目と三曲目のときだったか、涙が勝手にどばどばと流れた。その涙は自分の感情と結びついたものではなく、ただ涙が出ただけなのだとそのときは思った。花粉症の人が涙を流すのと同じことだろう、と。音楽は聴いていて楽…

いつもと違う、味わい

今日は休み。今日はなんか普段と違う感じがする。穏やかな幸せをかすかに感じる。味わいを感じる。音楽に味が、アマゾンでドラム関係の本とかを物色していて味が、本を読んでいて味が、ほっともっとのチキン南蛮弁当を買って食べて味が、自分がこうして居る…

障害の理解(社会復帰するさいに必要な自己分析)

自分の健康な部分を信じることも必要だと思った。ぼくは数年前から、自分にも健康な部分は残されているのではないかと考えた上で、どこからどこまでが健康で、また病的なのか、線引きをする作業を意識的に続けてきた。統合失調症と診断されたということは、…

何をどう読むかが問題

井筒俊彦『神秘哲学』が文庫化されたらしい。前に図書館で借りて少し読んで、これは手元に置いておきたい本だと思った。そのとき借りたのは井筒俊彦著作集の第一巻だった。そのとき、アマゾンでその著作集の第一巻の古本の値段を見たら、手が出ない値段だっ…

努力しないで過ごす勇気を持つこと

夏目漱石とか村上春樹、平野啓一郎あたりは、努力なしで読める。しかし、努力なしで読める本を読んでいると、落ち着かないときがある。努力することに対してこだわりなり執著があるみたい。努力しないで過ごす勇気も必要なのではないか。努力しないでいると…

新聞を読む、外の世界を見る、勉強をする

新聞を読むことにした。いままで新聞を読む習慣がなかった。外の物事に目を向けることも大事なんじゃないかと思った。 いままで、心理療法、精神病理学、哲学、宗教の本を中心に読んでいた。心理療法は森田療法中心で、あと河合隼雄をいくらか読んだ程度。フ…

Abide With Me、アウグスティヌスに感動

夕飯のあと、自分の部屋で30分ほど音楽を聴いた。Thelonious Monk "Monk's Music"を聴いた。このアルバムは"Abide With Me"という讃美歌で始まる。机の上に乱雑に積まれた本を片づけ、整理した。最近はドストエフスキー、木村敏、大江健三郎を中心に読もうと…

言語化は大事

言語機能って、言葉って大事だと思う。言葉だとか理屈に頼ってはいけないというような意見も世の中には存在する。では何に頼るのか、それは直感だとか、勘だとか、感情だとか、そういうものなのだと。 ぼくの場合、自分が何を好きなのかとか、何に興味がある…

おもに読書について、雑感

ここ半年、いや一年くらいか、精神病理学、心理学、哲学、宗教といったジャンルの本をほとんど読んでいない。つまり、小説しか読んでいない。どのような小説かというと、ドストエフスキー、大江健三郎、村上春樹、平野啓一郎といったところ。去年は『カラマ…

久し振りの更新、近況

久し振りの更新。更新は一年振りくらいになるけど、生活の形はほとんど変わっていないし、考えもほとんど変わっていない。いま読んでいる本はドストエフスキー、大江健三郎、サド、木村敏など。 作業所というところに週四日で通い、余暇は本を読み、音楽を聴…

糸の切れた凧、木村臨床哲学の成果、正常者とされている人の語彙で理解する

確か、カイヨワが『遊びと人間』の中で、糸の切れた凧について書いていた。確か、糸の切れた幻想などただの勝手な妄想に過ぎない、ということだったと思う。ぼくはこの糸の切れた凧についてしばしば考える。ぼくにとって糸とは何か。ぼくにはまだかろうじて…

ナラティブ形成

「自分とは何か?」という問いかけは、小説家にとっては――というか少なくとも僕にとっては――ほとんど意味を持たない。それは小説家にとってあまりにも自明な問いかけだからだ。我々はその「自分とは何か?」という問いかけを、別の総合的なかたちに(つまり…