2015-02-01から1日間の記事一覧

音楽のなかに見るわたし

統合失調症においては、知能と感情と気力と体力をやられる。(それに加えて、離人症がある。)それも死ぬまで、永久に。本を読んでいても、健康者のようには読めない。読むスピードにしてもそうだし、内容を記憶する能力についてもそうだし、本を読み進める…

数年計画

まんがで読破の二冊を引っ張り出してくるついでに、プルースト『失われた時を求めて』(ちくま文庫)の一巻を引っ張り出してきた。この本も前々から読みたいと思っているのだけど、なかなか順番が回ってこない。なかなか一冊の本に向き合えないな。しかも、…

せぬときの坐禅

そうしてそのすべての外的なものを除いて現れるのが自己であるのだ つまりそれが「意識せずとも坐禅ができる」状態ってことですよね そう 個人本来の自然な姿――…真に自由な存在である自己となるのじゃ(『まんがで読破 西田幾多郎 禅の研究』、p84-85) せぬ…

まんがで読破シリーズ

ほんとうに人生を投げていれば、本を読むこともないだろう。自分の過去について、現在自分の置かれている事態について理解しようとすることもないだろう。実際、過去について、本を読んで理解したところで、現在が変わるわけではないから、意味がないんじゃ…

二人のさびしい男がいた

『ちくま日本文学 006 寺山修司』に、野球について書いてあった。ぼくは野球には興味を持ったことがないけれど、ちょっとおもしろいと思った部分があったので、下に引っ張る。 「二人のさびしい男がいた。 これが、ピッチャーとキャッチャーだ。二人は唖でも…

できることとできないことを区別するべき

ぼくは幻視詩のスタイルで文章を書くことはできなくなったが、これはぼくが木村敏のいうイントラ・フェストゥム的状態から、非イントラ・フェストゥム的な状態に移ってしまったことと、深い関係がある。ぼくの場合は、詩、というか文章は、イントラ的な事態…

シュージ・テラヤーマ

内田樹の本を探しに、ブックオフに行ってきた。目当ての本はなかったけれど、寺山修司のちくま書房によるアンソロジーと、アウグスティヌスの『告白』(岩波文庫)の下巻が見つかったので、買ってきた。アウグスティヌスの『告白』は、下巻から読んでも問題…