日記

詩情、ポエジー

よい文章から離れていると、精神に潤いがなくなる。言語感覚は退化する。いま、くそ久し振りにニーチェ『ツァラトゥストラはこう言った』(岩波文庫)を何ページか読んだ。これはなにが書いてあるのか、ほとんどよくわかっていないんだけど、とにかく文章が…

記憶力と「あいだ」の感覚

記憶力ない。頭がクルクルパーになっている。そのへんの小学生にも劣る知能。知能というのもあるし、エラン・ヴィタールのもんだいだな。生命的なもの。奥からわきあがってくるようなもの。解体症状。ぼくの普段話している言葉はとてもひどくて、いわゆる言…

読んだ、音楽との向き合い方

今日は通院だった。多和田葉子『エクソフォニー 母語の外へ出る旅』(岩波現代文庫)を読み終えた。それなりにおもしろかったけど、岩波現代文庫にしては、ちょっと内容が薄いんじゃないかと思った。エッセイだから、こんなもんなのかな。解説を書いていたリ…

西田幾多郎『善の研究』をブログのタイトルのところに載せた意味

ブログのタイトルのところに、ぼくの普段使っているパソコンの横に置いてある、西田幾多郎の『善の研究』の写真を使った。ぼくはこの本がとても気に入っている。岩波文庫版、講談社学術文庫版の二つを読んだ。とはいえ、西田の本はこの『善の研究』くらいし…

やがては自覚できなくなるかもしれないだろうから

自分が壊れていく、自分のなかの実質、人間性が失われていくのを現在進行形で目の当たりにする、そして時間の経過とともに、そうした自分の変化を自覚することもできなくなっていき、ついにはまったくの無自覚に陥る。それが、自分の末路か。ぼくはまだかろ…

裏という概念

裏という概念は、表という概念なしに成り立たない。 なにを言っているのかというと、たとえば即興演奏は、裏をかき、演奏のすべてが裏になっていないといけない。出したい音を出すのではなくて、出したい音を「出さない」という反動によって演奏が支配されて…

仏教を学ぶということ

『仏教入門』は、行き帰りの電車のなかで、74ページまで読み進めた。三分の一程度。ここまで読んで思ったのは、この本には仏教の歴史について書いてあるので、仏教がいかにして生まれ、いかにして各国に伝播していったのかという枠組みはわかるのだけど、仏…

不妄語戒

不妄語戒とは、「自分は悟ったと大言壮語することの禁止」とのこと。悟り厨は、不妄語戒に反するわけだな。ちなみに、ぼくは悟りという言葉を広く取っている。というのも、森田正馬の本に、『自覚と悟りへの道』というのがあって、少なくとも森田療法では、…

仏教、澁澤龍彦

図書館で、松尾剛次『仏教入門』、『澁澤龍彦全集 16』を借りてきた。 仏教にはずっと興味があって、初めて仏教的なものに触れたのは、高校のときに森田療法に出会ったときだった。森田療法は、根本的な部分で、仏教とつながりがあると思う。それで、そのあ…

宗教

2014年の時点では、世界の総人口の二人に一人は、三大一神教の信者であるとのこと。日本で暮らしていると、特定の宗教を信仰している人は胡散臭い人と見られがちだけど、なんらかの宗教を信仰しているということは、世界的規模で見れば当たり前のことなんだ…

ネガティブな感情の「処理」、あるいは不安を妙薬にして前進

ペネトレ:自分のやりかたを発明しないとね。そういうことに、自分自身のやりかたを発明するってことが、おとなになるってことなんだよ。自分に起こるいろんないやなこととか、不愉快な気分なんかを、自分の中でうまく処理する方法を身につけている人が、ほ…

『善の研究』四冊目

疲れてしまった。明日はデイケアは休みだ。よかった。行き帰りの電車のなかでは、上田閑照『非神秘主義 禅とエックハルト』を読んでいた。いま98ページ。 また、先日アマゾンで購入した、昭和13年発行の西田幾多郎の『善の研究』の単行本が届いていた。善の…

悲智一如

はっきり言って、伝えたいことや言いたいことはなにもない。伝えることへの衝迫と、イントラ・フェストゥム性とは関係しあっているのだろうか。寡症状性統合失調症は、最もイントラ・フェストゥム性の弱い事態だと木村敏は言っていた。ジャズは「現在」、「…

音楽を前に

自分の昔の演奏を聴いている。これは、音楽への信仰の表白だと思った。自分の演奏を聴いてそのように感じるというのはすごいことではあると思う。音楽を前にして頭を下げているのが、演奏を聴いていて伝わってくる。とにかく、頭を下げている。こんなにひた…

『ゲッツ・ジルベルト』の思い出

『ゲッツ・ジルベルト』を聴いているけれど、これはぼくがいちばん好きなジャズのアルバムかもしれん。高校三年のころに出会い、それ以来ずっと聴いている。スタン・ゲッツのソロはどの曲もだいたい口ずさめる。ジャズというより、正確にはジャズ・サンバと…

別の世界

青葉市子の歌を聴いて、感じるものがあるということは、以前の感情をまったく失っているわけではないということかもしれない。でも、もうぼくは青葉市子の歌を本当に理解できる世界には住んでいない。ぼくは彼女とは別の世界に住んでいる。ぼくはかつて、彼…

2007年の夏、最も強度の強い出会い

とても個人的なことを書く。 ぼくにとって、生涯において、最も自分の存在を強く動かした体験は、2007年の夏、アイコの「星のない世界/横顔」というシングルを発売日に聴いたときのことだった。あんな音楽体験、他になかった。ぼくはその年の春、精神科に通…

継続は力

カシオペアを聴いている。フュージョンはそんなに好きではないけど、カシオペアの『エイジアン・ドリーマー』というアルバムだけは、いまでもたまに聴く。というのも、高校時代を思い出すからだな。英語を勉強していたのを思い出す。英検の準一級のための勉…

コンプレクス

デイケアに通っていて気づいたこと。ぼくは音楽についての知識や理解の深さ、本についての知識や理解の深さにおいて、他の人よりも優位に立っていると思いこみたいのかもしれない。これはいわゆるコンプレックスというやつなんだろうけど、音楽について言え…

引用された身ぶり、自発的なもの

テレビの連続ドラマのヒロインそっくりの笑い方をする下宿のおばさん。あなたの『笑い』は引用された身ぶりなのでしょうか、それとも自発的なものなのでしょうか? あるいは、自分の生理までも、何者かの感化によって複製化されてしまったことにさえ、気がつ…

この怠け者め

今日はデイケアでカラオケをしてきた。フランク・シナトラの「マイ・ウェイ」、エルヴィス・プレスリーの「ザ・ワンダー・オブ・ユー」と、「ラブ・ミー・テンダー」を歌った。この三曲は、どれも自分のキーに合っていた。音程も取れた。歌詞も、だいたい頭…

誰にも奪えない、大切なもの

誰にも奪えない、大切なもの―音楽はわたしたちの身体を縛り上げ、痛めつける。そして、その痛みこそが、自分の長年求めてきた、生きていることの痛みだったのだ。わたしは、アイコへの深く激しい愛によって、わたしである。愛を失ったわたしは、わたしではな…

I was so much older then, I'm younger than that now

まんがで読破の「こころ」を、読み終えた。一時間ほどで読めた。さすがに漫画だと早いな。あらすじはわかったし、原作を読んでみたくなった。まんがで読破シリーズってのは、案外いいかもしれん。 次は、まんがで読破の「罪と罰」を読もうと思う。これは明日…

統合失調症は「不治の病」か

ところで、ぼくは離人神経症だったころから、いまに至るまで、離人症について調べたことはない。離人症についてネットで検索して、読んでいると、ものすごくきつくなってくる。肩に重圧がかかり、息がぜえぜえして、心臓がばくばく言い出す。そもそも、離人…

共通感覚がわからない

雨が降っている。しとしとという音を聞いていて、昔、ジブリ映画『耳をすませば』を見ていたときのことを思い出した。この雨の音を聞いていて、『耳をすませば』をそこに感じとり、大貫妙子の『東京日和』をそこに見、荒井由実の『ひこうき雲』をそこに見る…

幻視、現実、ヴィジョンを見ること

埴谷雄高『幻視の詩学』が届いた。帰りの電車のなかで、鈴木大拙の『禅』(ちくま文庫)を読んでいた人がいたので(とてもおもしろい本)、本棚から大拙の『禅と日本文化』を引っ張り出してきた。実は、この本はまだ半分までしか読んでいない。大拙の代表作…

生命的なもの

なぜ自分が、生命的なものとの接触を失ってしまったのかについて、言語化するために、ぼくはブログを書いていると言える。まず、この「生命的なもの」とはなにかについて、上手く言語化ができない。また、この「生命的なもの」との接触を失うというのはどう…

幻視詩

ウィリアム・ブレイクについてウィキペディアで調べていたら、「幻視詩」という詩のくくりがあることを知った。まことに、自分の見たものだけを書くことが、ぼくの美意識からすると、正しい。しかし、ぼくはなにも見えなくなった。要するに、幻視することが…

ニーナ体験

you see a long time ago life had begun everyone went to the sun なんとなく、いまかかっていた曲の歌詞を書いてみた。『ニーナとピアノ+4』というアルバムだけど、最近聴いていないな。 someday I'll die ニーナ・シモンも、死んでしまった。 do you be…

キリストにならいて

今日もデイケアでした。帰りに、通所者の人と、一時間以上話した。彼はキリスト教者とのことで、ぼくは聖書について少し話を聞いた。聖書のどういうところから読むべきかなどについて。新約聖書の福音書は、ヨハネ福音書から読むのがいいのだと。旧約聖書の…

木村敏の文体、イントラ・フェストゥム

昔は、初期村上春樹の文体が自分にとっての憧れの文体で、こういう文章が書けたらなあ、なんて思っていたのですが、最近(ここ数年)は村上春樹の文体に対する憧れが、相対的に弱まってきました。なんか、個性的に過ぎるように感じられるんですね。それより…

時間と自己、木村敏祭り

あと、もう一つ驚きだったのは、今日、ある通所者の人が、木村敏の『時間と自己』を手に持っていたこと。それで、「どういった経緯でこの本を手に取ったのですか」と訊いてみた。すると、「中公新書が好きなので、いろいろと手に取っているんです。ブックオ…

人生の短さについて

今日はデイケアに午前だけ参加してきた。生活リズムについての講義のようなプログラムで、講師の人が「セネカって知ってる人いますか」と言っていたんで、ぼくが手を挙げて、「『人生の短さについて』という本を書いた人ですよね」と言ったら、なんかみんな…

努力について

やる気ないと書きましたが、統合失調症になる前は、わりと努力家だったと思っています。努力するのが苦でなかったし、いちばん楽に生活すると、結果的にはそれらが世間的には「努力」と呼ばれているものになっていた、という感じでした。楽に過ごすというこ…

愚痴、痴愚

ビートルズ『ウィズ・ザ・ビートルズ』を聴いています。このアルバムは再生頻度が高いです。ビートルズの二枚目のアルバムです。 ところで、愚痴という言葉について考えていたのですが、ぼくはこの愚痴という言葉がどういったものを指すのか、よくわかりませ…

今日も

今日も本を読む気がまったくしません。本を開いても、五行読んで閉じる。まあ、いまに始まったことではないのですが。なので、ベランダに煙草を吸いに行き、居間のパソコンの前に戻ってきて、やることない、なので本をまた開き、五行読んで閉じて、またベラ…

落ち着かなさ

『ベーメ小論集』を何ページか読んでみた。なにが書いてあるのかまったくわからないんだけど、読んでいて心地いい。いい音楽を聴いているときのよう。 明日は、ほっともっとの弁当でも食べようと思う。ぼくはほっともっとの弁当はそんなに好きではなくて、か…

通院、ジャズ喫茶、ライ麦など

今日は通院でした。帰りは、新宿の、食べログで高評価の回転寿司屋で食べてきたのですが、すさまじくいまいちでした。しかも、高い。これだったら、くら寿司に行ったほうがはるかに満足度が高いぜ、と思いました。通院は、母親同伴で行っているのですが、母…

少数ではあるけれど

『ベーメ小論集』が届いたのですが、ぱらぱらやっていて、これは腰を据えてじっくりと取り組むべき本だと思いました。なぜベーメの本を買ったかというと、エックハルトの本を読んでいて、意外にわかりやすいので、調子に乗ったからです。エックハルト、ベー…

大隈講堂、言葉、エフェクター

わせべんを食べに行ってきました。学生がたくさんいました。高田馬場から東西線で早稲田に向かっているときに、電車のなかで、いままでに見たこともないような、かわいい女の子を見ました。自分の価値観が揺さぶられました。小学生くらいにも見える、少年の…

ブログについて

『神の慰めの書』の続きを、30ページほど読みました。とてもおもしろいです。 ぼくは以前のブログも含め、かれこれブログを4年くらい続けていますが、ほぼ毎日書いています。一日で多い日で30件くらい更新したこともありました。なぜこれだけブログを更新で…

ポール・オースター

『翻訳夜話』は、もう少しで読み終わります。おとといの夕方に読み始めたから、新書とはいえ、ぼくにしては早いペースです。ポール・オースターの「オーギー・レンのクリスマス・ストーリー」という短編が村上春樹訳、柴田元幸訳で両方とも載っているのです…

言語化

ぼくは昔は、本を読むことはそんなに重要ではないと考えていて、本を読むよりも、自分の頭で考えることのほうが大切だと考えていました。ショーペンハウエルの『読書について』を読んで、それを真に受けていたんですね。真に受けていたというより、曲解して…

しわ寄せ

今日は、先日アマゾンで購入した、村上春樹・柴田元幸『翻訳夜話』、ジャン・リュック・ゴダール『ゴダール映画史』が届いたわけですが、読みたい本がたくさんありすぎて、どれから手をつけたらいいかわかりません。いまは、村上春樹『ダンス・ダンス・ダン…

旅行者の感覚

いま、ジェフ・ベックの『ブロウ・バイ・ブロウ』というアルバムを聴いています。このアルバムは高校二年ごろによく聴いていました。もう十年以上前の話です。 それで、これを聴いていて、沖縄を思い出します。その当時の父親の単身赴任先が沖縄だったのです…

エックハルト

今日は、外出中は村上春樹『ダンス・ダンス・ダンス 上』(講談社文庫)を読んでいた。それで、エックハルト『神の慰めの書』(講談社学術文庫)は、家で読むことに決めているので(かばんに入れると、折れたり汚れたりするかもしれないから)、さっき4ペー…

批判的思考というけれど

よく批判的読書(クリティカル・リーディング)が大切だとか、本の内容をうのみにするな、とか言うけど、ぼくはそうした批判的読書ということができないし、本の内容をいちいち「うのみ」にしている。だって、そうじゃないか。エックハルトの本を読んでいる…

患者の数だけ病名がある

ぼくは、主治医からは「統合失調症と神経症の中間」と診断告知されています。「統合失調症としては典型的ではない」とも言われています。ぼくは、木村敏やミンコフスキー、ブランケンブルクなどの精神病理学の本を読んでいると、それらの本のなかに、自分の…

本能的推進

今日は昼近くに起きてから、まだなにもしていません。暇の感覚が強くて、かつ無気力でなにもする気が起きないという例の状態です。暇ならなにかすればいいじゃないか、と言われるかもしれないけど、無気力で、なんにもする気が起きないし、なにも楽しくあり…

エックハルトと鈴木大拙

ニーチェ『悦ばしき知識』(ちくま学芸文庫)は、66ページまで読んだ。かなり歯ごたえがあり、ほとんど意味が取れない。 それで、エックハルト『神の慰めの書』(講談社学術文庫)を読み始めた。そしたら、とてもわかりやすくて、おもしろい。いま、訳者によ…