日記

無目的の目的、キルケゴール的な絶望、西田幾多郎の善、パウロ

ぼくは病気になってから感情の動きがとても弱くなったんだけど、少しはましになったのかもしれない、けれども普通の人と同じくらいとまではいかない。そもそも普通の人というのが、どれくらい感情動いているのか知らないけど。確認しようもない。だから、ぼ…

禁止の効用

禁止する癖は、これもあるがままの自然なものだから、禁止することを禁止しようとすると、事態が複雑になる。禁止は仕方がない。禁止を禁止することなく、禁止を活用したい。(5.21) 村上春樹以外の本を読むことを禁止することにした。このように制限を設け…

四連休、自分の見ているものを言葉にするのは難しい

久し振りに投稿しよう。 今日から四連休。何も予定は入れていない。こういうのはとても久し振り。二日続けて休みというのもめったにないけど、四連休となると一年振りくらいかもしれない。 やはり用事がないのは素晴らしい。もちろん、人と会って遊ぶことも…

いせ源のあんこう鍋、安部公房、シュルレアリスム、細野晴臣

夕飯は神保町のいせ源であんこう鍋を食べてきた。初めてのあんこう鍋。知らない世界を一つ新しく知ることができて、よかった。いせ源の前に、神保町のさぼうるという喫茶店でコーヒーを飲んだ。 移動中は安部公房『友達・棒になった男』(新潮文庫)という戯…

雪解けか

先週、ジャズのライブを見たとき、二曲目と三曲目のときだったか、涙が勝手にどばどばと流れた。その涙は自分の感情と結びついたものではなく、ただ涙が出ただけなのだとそのときは思った。花粉症の人が涙を流すのと同じことだろう、と。音楽は聴いていて楽…

いつもと違う、味わい

今日は休み。今日はなんか普段と違う感じがする。穏やかな幸せをかすかに感じる。味わいを感じる。音楽に味が、アマゾンでドラム関係の本とかを物色していて味が、本を読んでいて味が、ほっともっとのチキン南蛮弁当を買って食べて味が、自分がこうして居る…

障害の理解(社会復帰するさいに必要な自己分析)

自分の健康な部分を信じることも必要だと思った。ぼくは数年前から、自分にも健康な部分は残されているのではないかと考えた上で、どこからどこまでが健康で、また病的なのか、線引きをする作業を意識的に続けてきた。統合失調症と診断されたということは、…

何をどう読むかが問題

井筒俊彦『神秘哲学』が文庫化されたらしい。前に図書館で借りて少し読んで、これは手元に置いておきたい本だと思った。そのとき借りたのは井筒俊彦著作集の第一巻だった。そのとき、アマゾンでその著作集の第一巻の古本の値段を見たら、手が出ない値段だっ…

努力しないで過ごす勇気を持つこと

夏目漱石とか村上春樹、平野啓一郎あたりは、努力なしで読める。しかし、努力なしで読める本を読んでいると、落ち着かないときがある。努力することに対してこだわりなり執著があるみたい。努力しないで過ごす勇気も必要なのではないか。努力しないでいると…

新聞を読む、外の世界を見る、勉強をする

新聞を読むことにした。いままで新聞を読む習慣がなかった。外の物事に目を向けることも大事なんじゃないかと思った。 いままで、心理療法、精神病理学、哲学、宗教の本を中心に読んでいた。心理療法は森田療法中心で、あと河合隼雄をいくらか読んだ程度。フ…

Abide With Me、アウグスティヌスに感動

夕飯のあと、自分の部屋で30分ほど音楽を聴いた。Thelonious Monk "Monk's Music"を聴いた。このアルバムは"Abide With Me"という讃美歌で始まる。机の上に乱雑に積まれた本を片づけ、整理した。最近はドストエフスキー、木村敏、大江健三郎を中心に読もうと…

久し振りの更新、近況

久し振りの更新。更新は一年振りくらいになるけど、生活の形はほとんど変わっていないし、考えもほとんど変わっていない。いま読んでいる本はドストエフスキー、大江健三郎、サド、木村敏など。 作業所というところに週四日で通い、余暇は本を読み、音楽を聴…

糸の切れた凧、木村臨床哲学の成果、正常者とされている人の語彙で理解する

確か、カイヨワが『遊びと人間』の中で、糸の切れた凧について書いていた。確か、糸の切れた幻想などただの勝手な妄想に過ぎない、ということだったと思う。ぼくはこの糸の切れた凧についてしばしば考える。ぼくにとって糸とは何か。ぼくにはまだかろうじて…

ナラティブ形成

「自分とは何か?」という問いかけは、小説家にとっては――というか少なくとも僕にとっては――ほとんど意味を持たない。それは小説家にとってあまりにも自明な問いかけだからだ。我々はその「自分とは何か?」という問いかけを、別の総合的なかたちに(つまり…

三時間昼寝

二時半ごろから、五時半ごろまで三時間くらい昼寝した。眠くて起き上がれなかった。

「生き物」同士の出会い、井戸掘り、パウロ

ぼくには哲学といえるようなものはない。人生観というくらいのものならあるかもしれない。というわけで、人生観の話。 人生観にしろ、哲学にしろ、自分の心を問題にすることなんじゃないかと思う。自己を探求することがこれ哲学であるならば、ぼくの場合、自…

あなたがたは、不可解や背理のなかに生み落とされて甘んずるはずがない(ニーチェ『ツァラトゥストラ』)

西田幾多郎とか鈴木大拙とか木村敏とかエックハルトとかに惹かれるんだけど、こういう哲学、宗教、精神病理学などの本を読むことでいくらか罪悪感のようなものを感じたり、こういう本は読まないほうがいいんじゃないかと思ったりもする。読みたいんだけど、…

詩情、ポエジー

よい文章から離れていると、精神に潤いがなくなる。言語感覚は退化する。いま、くそ久し振りにニーチェ『ツァラトゥストラはこう言った』(岩波文庫)を何ページか読んだ。これはなにが書いてあるのか、ほとんどよくわかっていないんだけど、とにかく文章が…

記憶力と「あいだ」の感覚

記憶力ない。頭がクルクルパーになっている。そのへんの小学生にも劣る知能。知能というのもあるし、エラン・ヴィタールのもんだいだな。生命的なもの。奥からわきあがってくるようなもの。解体症状。ぼくの普段話している言葉はとてもひどくて、いわゆる言…

読んだ、音楽との向き合い方

今日は通院だった。多和田葉子『エクソフォニー 母語の外へ出る旅』(岩波現代文庫)を読み終えた。それなりにおもしろかったけど、岩波現代文庫にしては、ちょっと内容が薄いんじゃないかと思った。エッセイだから、こんなもんなのかな。解説を書いていたリ…

西田幾多郎『善の研究』をブログのタイトルのところに載せた意味

ブログのタイトルのところに、ぼくの普段使っているパソコンの横に置いてある、西田幾多郎の『善の研究』の写真を使った。ぼくはこの本がとても気に入っている。岩波文庫版、講談社学術文庫版の二つを読んだ。とはいえ、西田の本はこの『善の研究』くらいし…

やがては自覚できなくなるかもしれないだろうから

自分が壊れていく、自分のなかの実質、人間性が失われていくのを現在進行形で目の当たりにする、そして時間の経過とともに、そうした自分の変化を自覚することもできなくなっていき、ついにはまったくの無自覚に陥る。それが、自分の末路か。ぼくはまだかろ…

裏という概念

裏という概念は、表という概念なしに成り立たない。 なにを言っているのかというと、たとえば即興演奏は、裏をかき、演奏のすべてが裏になっていないといけない。出したい音を出すのではなくて、出したい音を「出さない」という反動によって演奏が支配されて…

仏教を学ぶということ

『仏教入門』は、行き帰りの電車のなかで、74ページまで読み進めた。三分の一程度。ここまで読んで思ったのは、この本には仏教の歴史について書いてあるので、仏教がいかにして生まれ、いかにして各国に伝播していったのかという枠組みはわかるのだけど、仏…

不妄語戒

不妄語戒とは、「自分は悟ったと大言壮語することの禁止」とのこと。悟り厨は、不妄語戒に反するわけだな。ちなみに、ぼくは悟りという言葉を広く取っている。というのも、森田正馬の本に、『自覚と悟りへの道』というのがあって、少なくとも森田療法では、…

仏教、澁澤龍彦

図書館で、松尾剛次『仏教入門』、『澁澤龍彦全集 16』を借りてきた。 仏教にはずっと興味があって、初めて仏教的なものに触れたのは、高校のときに森田療法に出会ったときだった。森田療法は、根本的な部分で、仏教とつながりがあると思う。それで、そのあ…

宗教

2014年の時点では、世界の総人口の二人に一人は、三大一神教の信者であるとのこと。日本で暮らしていると、特定の宗教を信仰している人は胡散臭い人と見られがちだけど、なんらかの宗教を信仰しているということは、世界的規模で見れば当たり前のことなんだ…

ネガティブな感情の「処理」、あるいは不安を妙薬にして前進

ペネトレ:自分のやりかたを発明しないとね。そういうことに、自分自身のやりかたを発明するってことが、おとなになるってことなんだよ。自分に起こるいろんないやなこととか、不愉快な気分なんかを、自分の中でうまく処理する方法を身につけている人が、ほ…

『善の研究』四冊目

疲れてしまった。明日はデイケアは休みだ。よかった。行き帰りの電車のなかでは、上田閑照『非神秘主義 禅とエックハルト』を読んでいた。いま98ページ。 また、先日アマゾンで購入した、昭和13年発行の西田幾多郎の『善の研究』の単行本が届いていた。善の…

悲智一如

はっきり言って、伝えたいことや言いたいことはなにもない。伝えることへの衝迫と、イントラ・フェストゥム性とは関係しあっているのだろうか。寡症状性統合失調症は、最もイントラ・フェストゥム性の弱い事態だと木村敏は言っていた。ジャズは「現在」、「…