日記

ナラティブ形成

「自分とは何か?」という問いかけは、小説家にとっては――というか少なくとも僕にとっては――ほとんど意味を持たない。それは小説家にとってあまりにも自明な問いかけだからだ。我々はその「自分とは何か?」という問いかけを、別の総合的なかたちに(つまり…

生活保護について、デペイズマンについて

今日はサンマルクカフェで一時間半くらい本を読んだ。今日図書館で、『生活保護で生きちゃおう! 崖っぷちのあなた!死んだらダメです。』という本を借りてきたので、それを最初から最後まで読んだ。 なぜ生活保護の本を借りたかというと、ぼくの彼女が最近…

三時間昼寝

二時半ごろから、五時半ごろまで三時間くらい昼寝した。眠くて起き上がれなかった。

「生き物」同士の出会い、井戸掘り、パウロ

ぼくには哲学といえるようなものはない。人生観というくらいのものならあるかもしれない。というわけで、人生観の話。 人生観にしろ、哲学にしろ、自分の心を問題にすることなんじゃないかと思う。自己を探求することがこれ哲学であるならば、ぼくの場合、自…

あなたがたは、不可解や背理のなかに生み落とされて甘んずるはずがない(ニーチェ『ツァラトゥストラ』)

西田幾多郎とか鈴木大拙とか木村敏とかエックハルトとかに惹かれるんだけど、こういう哲学、宗教、精神病理学などの本を読むことでいくらか罪悪感のようなものを感じたり、こういう本は読まないほうがいいんじゃないかと思ったりもする。読みたいんだけど、…

詩情、ポエジー

よい文章から離れていると、精神に潤いがなくなる。言語感覚は退化する。いま、くそ久し振りにニーチェ『ツァラトゥストラはこう言った』(岩波文庫)を何ページか読んだ。これはなにが書いてあるのか、ほとんどよくわかっていないんだけど、とにかく文章が…

記憶力と「あいだ」の感覚

記憶力ない。頭がクルクルパーになっている。そのへんの小学生にも劣る知能。知能というのもあるし、エラン・ヴィタールのもんだいだな。生命的なもの。奥からわきあがってくるようなもの。解体症状。ぼくの普段話している言葉はとてもひどくて、いわゆる言…

読んだ、音楽との向き合い方

今日は通院だった。多和田葉子『エクソフォニー 母語の外へ出る旅』(岩波現代文庫)を読み終えた。それなりにおもしろかったけど、岩波現代文庫にしては、ちょっと内容が薄いんじゃないかと思った。エッセイだから、こんなもんなのかな。解説を書いていたリ…

西田幾多郎『善の研究』をブログのタイトルのところに載せた意味

ブログのタイトルのところに、ぼくの普段使っているパソコンの横に置いてある、西田幾多郎の『善の研究』の写真を使った。ぼくはこの本がとても気に入っている。岩波文庫版、講談社学術文庫版の二つを読んだ。とはいえ、西田の本はこの『善の研究』くらいし…

やがては自覚できなくなるかもしれないだろうから

自分が壊れていく、自分のなかの実質、人間性が失われていくのを現在進行形で目の当たりにする、そして時間の経過とともに、そうした自分の変化を自覚することもできなくなっていき、ついにはまったくの無自覚に陥る。それが、自分の末路か。ぼくはまだかろ…

裏という概念

裏という概念は、表という概念なしに成り立たない。 なにを言っているのかというと、たとえば即興演奏は、裏をかき、演奏のすべてが裏になっていないといけない。出したい音を出すのではなくて、出したい音を「出さない」という反動によって演奏が支配されて…

仏教を学ぶということ

『仏教入門』は、行き帰りの電車のなかで、74ページまで読み進めた。三分の一程度。ここまで読んで思ったのは、この本には仏教の歴史について書いてあるので、仏教がいかにして生まれ、いかにして各国に伝播していったのかという枠組みはわかるのだけど、仏…

不妄語戒

不妄語戒とは、「自分は悟ったと大言壮語することの禁止」とのこと。悟り厨は、不妄語戒に反するわけだな。ちなみに、ぼくは悟りという言葉を広く取っている。というのも、森田正馬の本に、『自覚と悟りへの道』というのがあって、少なくとも森田療法では、…

仏教、澁澤龍彦

図書館で、松尾剛次『仏教入門』、『澁澤龍彦全集 16』を借りてきた。 仏教にはずっと興味があって、初めて仏教的なものに触れたのは、高校のときに森田療法に出会ったときだった。森田療法は、根本的な部分で、仏教とつながりがあると思う。それで、そのあ…

宗教

2014年の時点では、世界の総人口の二人に一人は、三大一神教の信者であるとのこと。日本で暮らしていると、特定の宗教を信仰している人は胡散臭い人と見られがちだけど、なんらかの宗教を信仰しているということは、世界的規模で見れば当たり前のことなんだ…

ネガティブな感情の「処理」、あるいは不安を妙薬にして前進

ペネトレ:自分のやりかたを発明しないとね。そういうことに、自分自身のやりかたを発明するってことが、おとなになるってことなんだよ。自分に起こるいろんないやなこととか、不愉快な気分なんかを、自分の中でうまく処理する方法を身につけている人が、ほ…

『善の研究』四冊目

疲れてしまった。明日はデイケアは休みだ。よかった。行き帰りの電車のなかでは、上田閑照『非神秘主義 禅とエックハルト』を読んでいた。いま98ページ。 また、先日アマゾンで購入した、昭和13年発行の西田幾多郎の『善の研究』の単行本が届いていた。善の…

悲智一如

はっきり言って、伝えたいことや言いたいことはなにもない。伝えることへの衝迫と、イントラ・フェストゥム性とは関係しあっているのだろうか。寡症状性統合失調症は、最もイントラ・フェストゥム性の弱い事態だと木村敏は言っていた。ジャズは「現在」、「…

音楽を前に

自分の昔の演奏を聴いている。これは、音楽への信仰の表白だと思った。自分の演奏を聴いてそのように感じるというのはすごいことではあると思う。音楽を前にして頭を下げているのが、演奏を聴いていて伝わってくる。とにかく、頭を下げている。こんなにひた…

『ゲッツ・ジルベルト』の思い出

『ゲッツ・ジルベルト』を聴いているけれど、これはぼくがいちばん好きなジャズのアルバムかもしれん。高校三年のころに出会い、それ以来ずっと聴いている。スタン・ゲッツのソロはどの曲もだいたい口ずさめる。ジャズというより、正確にはジャズ・サンバと…

別の世界

青葉市子の歌を聴いて、感じるものがあるということは、以前の感情をまったく失っているわけではないということかもしれない。でも、もうぼくは青葉市子の歌を本当に理解できる世界には住んでいない。ぼくは彼女とは別の世界に住んでいる。ぼくはかつて、彼…

2007年の夏、最も強度の強い出会い

とても個人的なことを書く。 ぼくにとって、生涯において、最も自分の存在を強く動かした体験は、2007年の夏、アイコの「星のない世界/横顔」というシングルを発売日に聴いたときのことだった。あんな音楽体験、他になかった。ぼくはその年の春、精神科に通…

継続は力

カシオペアを聴いている。フュージョンはそんなに好きではないけど、カシオペアの『エイジアン・ドリーマー』というアルバムだけは、いまでもたまに聴く。というのも、高校時代を思い出すからだな。英語を勉強していたのを思い出す。英検の準一級のための勉…

コンプレクス

デイケアに通っていて気づいたこと。ぼくは音楽についての知識や理解の深さ、本についての知識や理解の深さにおいて、他の人よりも優位に立っていると思いこみたいのかもしれない。これはいわゆるコンプレックスというやつなんだろうけど、音楽について言え…

引用された身ぶり、自発的なもの

テレビの連続ドラマのヒロインそっくりの笑い方をする下宿のおばさん。あなたの『笑い』は引用された身ぶりなのでしょうか、それとも自発的なものなのでしょうか? あるいは、自分の生理までも、何者かの感化によって複製化されてしまったことにさえ、気がつ…

この怠け者め

今日はデイケアでカラオケをしてきた。フランク・シナトラの「マイ・ウェイ」、エルヴィス・プレスリーの「ザ・ワンダー・オブ・ユー」と、「ラブ・ミー・テンダー」を歌った。この三曲は、どれも自分のキーに合っていた。音程も取れた。歌詞も、だいたい頭…

誰にも奪えない、大切なもの

誰にも奪えない、大切なもの―音楽はわたしたちの身体を縛り上げ、痛めつける。そして、その痛みこそが、自分の長年求めてきた、生きていることの痛みだったのだ。わたしは、アイコへの深く激しい愛によって、わたしである。愛を失ったわたしは、わたしではな…

I was so much older then, I'm younger than that now

まんがで読破の「こころ」を、読み終えた。一時間ほどで読めた。さすがに漫画だと早いな。あらすじはわかったし、原作を読んでみたくなった。まんがで読破シリーズってのは、案外いいかもしれん。 次は、まんがで読破の「罪と罰」を読もうと思う。これは明日…

統合失調症は「不治の病」か

ところで、ぼくは離人神経症だったころから、いまに至るまで、離人症について調べたことはない。離人症についてネットで検索して、読んでいると、ものすごくきつくなってくる。肩に重圧がかかり、息がぜえぜえして、心臓がばくばく言い出す。そもそも、離人…

共通感覚がわからない

雨が降っている。しとしとという音を聞いていて、昔、ジブリ映画『耳をすませば』を見ていたときのことを思い出した。この雨の音を聞いていて、『耳をすませば』をそこに感じとり、大貫妙子の『東京日和』をそこに見、荒井由実の『ひこうき雲』をそこに見る…