読書

懸隔を感じない一体感って信用できるのかどうか

自分の見ている世界に満足してしまうことも多いけど、今までの人生でこの人の目で世界を見てみたい、と思える人に何人か出会った。ジブリの「耳をすませば」という映画のテーマはそれなんじゃないかとぼくは思ってる。自分以外の人の目で世界を見てみたいと…

煙草、ベルクソン

七か月振りに煙草を吸った。禁煙が終わったということだ。 昨日から風邪をひいていて、いま頭が痛い。風邪をひいているときの煙草って、けっこうきつい。 今日で連休は終わり。今日はサンマルクカフェで二時間くらい本を読んだ。ベルクソン「道徳と宗教の二…

いせ源のあんこう鍋、安部公房、シュルレアリスム、細野晴臣

夕飯は神保町のいせ源であんこう鍋を食べてきた。初めてのあんこう鍋。知らない世界を一つ新しく知ることができて、よかった。いせ源の前に、神保町のさぼうるという喫茶店でコーヒーを飲んだ。 移動中は安部公房『友達・棒になった男』(新潮文庫)という戯…

何をどう読むかが問題

井筒俊彦『神秘哲学』が文庫化されたらしい。前に図書館で借りて少し読んで、これは手元に置いておきたい本だと思った。そのとき借りたのは井筒俊彦著作集の第一巻だった。そのとき、アマゾンでその著作集の第一巻の古本の値段を見たら、手が出ない値段だっ…

努力しないで過ごす勇気を持つこと

夏目漱石とか村上春樹、平野啓一郎あたりは、努力なしで読める。しかし、努力なしで読める本を読んでいると、落ち着かないときがある。努力することに対してこだわりなり執著があるみたい。努力しないで過ごす勇気も必要なのではないか。努力しないでいると…

新聞を読む、外の世界を見る、勉強をする

新聞を読むことにした。いままで新聞を読む習慣がなかった。外の物事に目を向けることも大事なんじゃないかと思った。 いままで、心理療法、精神病理学、哲学、宗教の本を中心に読んでいた。心理療法は森田療法中心で、あと河合隼雄をいくらか読んだ程度。フ…

Abide With Me、アウグスティヌスに感動

夕飯のあと、自分の部屋で30分ほど音楽を聴いた。Thelonious Monk "Monk's Music"を聴いた。このアルバムは"Abide With Me"という讃美歌で始まる。机の上に乱雑に積まれた本を片づけ、整理した。最近はドストエフスキー、木村敏、大江健三郎を中心に読もうと…

言語化は大事

言語機能って、言葉って大事だと思う。言葉だとか理屈に頼ってはいけないというような意見も世の中には存在する。では何に頼るのか、それは直感だとか、勘だとか、感情だとか、そういうものなのだと。 ぼくの場合、自分が何を好きなのかとか、何に興味がある…

おもに読書について、雑感

ここ半年、いや一年くらいか、精神病理学、心理学、哲学、宗教といったジャンルの本をほとんど読んでいない。つまり、小説しか読んでいない。どのような小説かというと、ドストエフスキー、大江健三郎、村上春樹、平野啓一郎といったところ。去年は『カラマ…

ナラティブ形成

「自分とは何か?」という問いかけは、小説家にとっては――というか少なくとも僕にとっては――ほとんど意味を持たない。それは小説家にとってあまりにも自明な問いかけだからだ。我々はその「自分とは何か?」という問いかけを、別の総合的なかたちに(つまり…

ぐったり

午前は作業所だった。ひたすら疲れた。いまは息苦しさはないけど、ぐったりしていて、床からなかなか起き上がれない。眠い。今日も村上春樹を読もうと思う。

村上春樹と漱石を読みたい

マルコ・ジ・マルコというイタリアのピアノトリオを聴いている。 読みたい本、気になる本はたくさんあるんだけど、優先順位をつけるのが難しくて、何から手を出したらいいのかがわからない。村上春樹は問題なく読み進められるんだけど、村上春樹以外にも読み…

「生き物」同士の出会い、井戸掘り、パウロ

ぼくには哲学といえるようなものはない。人生観というくらいのものならあるかもしれない。というわけで、人生観の話。 人生観にしろ、哲学にしろ、自分の心を問題にすることなんじゃないかと思う。自己を探求することがこれ哲学であるならば、ぼくの場合、自…

自室の机の現況

村上春樹の本を別の場所に移動して、代わりに西田幾多郎全集、鈴木大拙全集を持ってきた。 いまは西田幾多郎『善の研究』の岩波文庫版(藤田正勝が解説を書いている、新しい版)を読んでいる。たぶん通読は四回目。一度目は旧岩波文庫版、二度目、三度目は講…

机の上の整理、やはり神秘主義

自室の本棚を整理した。いちばん手前に、神秘主義関係の本を並べた。鈴木大拙、西田幾多郎、エックハルト、ジェイムズ、井筒俊彦、トマスアケンピス、ロヨラ、シレジウス、プロチノス、ヘリゲル、クザーヌス、アウグスティヌス、トルストイ、ニーチェなど。…

三四郎の中のヘーゲル

「ヘーゲルの講義を聞かんとして、四方より伯林に集まれる学生は、この講義を衣食の資に利用せんとの野心を以て集まれるにあらず。ただ哲人ヘーゲルなるものありて、講壇の上に、無上普遍の真を伝うると聞いて、向上求道の念に切なるがため、壇下に、わが不…

ジャズ喫茶生活

この一か月くらい、本を八冊くらい読めた。ぼくにしては上出来だと思う。八冊といっても、簡単な小説はあまり入っていなくて、けっこう分厚くて難しい本も入っているから、まあなかなかだろうと思う。 いまから一か月くらい前に、自室をジャズ喫茶に見立てて…

40回読む

図書館に本を返しに行き、ついでに岩波ジュニア新書のコーナーを見ていたら、桝太一というテレビアナウンサーの本があったので、ちょっと立ち読みしてみた。彼は村上春樹が好きで、中学の卒論で『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』を取り上げた…

ピンボール

とか言っている先から、村上春樹の二作目の「ピンボール」が読みたくなった。この小説は二回しか読み通していない。

必要な本

やるべきことから逃げていてはだめだ。やるべきこととは、西田幾多郎の本、エックハルトなどの本を読むことだ。ほんとうに必要な本を読まなければ。あまり読書に向かう気力がないので、量よりも質。本分を忘れてはいけない。

磁力

それから、もう一つ、音楽のような文法で大切なのは、感情だ。わたしは記憶力が弱いので、新しい単語などなかなか覚えられなくて昔から苦労した。しかし口にした瞬間、自分の中で感情が動いた場合はすぐに覚えられることを発見した。すごく腹を立てて口にし…

叫ぶことと書くこと

彼女のパダボルン大学詩学講座を読んでみると、Schrei(シュライ=叫び)とSchreiben(シュライベン=書く)が並んでいる。音的に見ても、意味的に見ても、書くことは叫ぶことと複雑な関係にある。でも、実際に叫びを文字にできるのは、少しは恵まれた環境に…

「世界は文学でできている」シリーズ

いま、沼野充義『やっぱり世界は文学でできている』を読んでいて、あと少しで読み終わるんだけど、いまふとアマゾンで「沼野充義」で検索してみたら、この「世界は文学でできている」シリーズの第三弾、『それでも世界は文学でできている』が、今月の3月18日…

ドイツ語圏

いま気づいた。自分は英語圏の本はほとんど読んでいないけど、ドイツ語圏の本は、いくらか興味深く読んでいる。とは言っても、数えられるくらいだけれど。ユング、フロイト、エックハルト、ニーチェ。このへんの人たちの本をこれから時間をかけて追求してい…

語学、トリストラム・シャンディが読みたい

ところで、先日アマゾンで購入した、『表現のための実践ロイヤル英文法』が届いたので、久し振りに英語を勉強できるといいなあ、なんて思っている。村上春樹が「無人島に持っていきたい」と絶賛していたから買ったんだけど、帯を見ると、翻訳家の柴田元幸も…

146ページ

『やっぱり世界は文学でできている』は、146ページまで読みました。今日はここまでにしておきます。沼野さんが、二つの背反することを同時にやりなさい、もっと外国語を勉強しなさい、と言っていたので、自分も英語を勉強するか、と思いました。さっき、英文…

人工的な言語

そういうふうに日本の近代文学、あるいは日本の学問には、実際にはロシア語なり英語なりフランス語なりの基礎がある。そしてそれが百五十年間続く中で、われわれのように翻訳をしてきた人が寄ってたかって作りあげてきた、翻訳と混ざった日本語ができたわけ…

逃避の積極的な意味

逃避というと悪い意味で使いがちですが、逃げることは必ずしも悪いことではありません。逃げ道がないと人間は生きていけないというだけではなくて、それによって出会えるはずもなかったものに出会ったり、新しいものを知るという積極的な意味がある。(野崎…

断絶

どのような言葉を発したとしても、発した本人にとって、そのときのその言葉が世界のすべてだったのかもしれませんが、発するだけではただの独り言になってしまうことがあるし、聞き手や受け手が言葉を発した者より大きな経験をしていることだってざらにある…

「アウラ」のない状態は最悪

ベンヤミンは「もの」を見て「もの」としか見えない、人間を見て人間としか見えない、つまり「アウラ」のない状態は最悪だと考えているわけです。つまり、人間を見て、人間の中に精神的なある種のオーラを感じ、そこからある働きかけを受け取るのが人間のあ…