エックハルトとユング

エックハルト『神の慰めの書』(講談社学術文庫)を読んでいるけど、ものすごい本だ。エックハルトは、前に『エックハルト説教集』(岩波文庫)を読んだけれども、この『神の慰めの書』のほうが、おもしろいかもしれない。鈴木大拙の本を読んでいるときのような感覚がある。

 

「いかなる事においてもそうなのであって、私が私自身のために欲望しない場合は、神が私に代って欲望して下さるのである。一体そのように私が私自身のために欲望しない場合、神はいかほどのものを私のために欲望して下さるか、よく考えて見るがよい。私が私自身を捨てるならば、神は必ず、御自身のために欲望し給うほどの一切を――それより少なくでもなく、それより多くでもなく――しかも彼が御自身のために欲望し給うのと寸分違わぬ様式をもって、私のために欲望し給うに相違ない。」(M・エックハルト『神の慰めの書』、講談社学術文庫、p17)

 

この文章を読んでいると、ユングエックハルトから影響を受けているということがよくわかる。ユング心理学の萌芽がここにある。ぼくのなかでは、エックハルト西田幾多郎鈴木大拙ユングはつながっている。これらの人たちの思想が、どのようにつながっているか、重なりあっているかを調べるということも、いまの自分にとって興味のある問題。