苦手な言葉

アマゾンで、ルナシーの『シャイン』というアルバム、ラクリマ・クリスティーの『ラサ』というアルバムを購入しました。もちろん、どちらも中古です。両方とも1円でした。

 

これらのアルバムは、ぼくが中学一年のときに聴いていました。なつかしいという理由だけで、今回買いました。ルナシーは聴けなくはないけど、ラクリマ・クリスティーはさすがにいま聴くと、小恥ずかしいですが、思い出深いので、手元に置いておこうかと思いました。

 

『神の慰めの書』は、108ページまで読みました。

 

さっき、「ブログに書くことがなくなるのが心配」と書きましたが、確かにそろそろネタが尽きてきたような気がします。これはこれでさびしいものですね。蛇足ですが、ぼくは「ネタ」という言葉がきらいです。なんでカタカナなのかと。ひらがなで「ねた」とすれば、まだ使えなくはないですが、ひらがなだと意味が取りづらいですから、上では敢えて、慣例どおりにカタカナにしました。「寿司のネタ」というのだったら大丈夫なのですが、芸人が「新作のネタを用意しました云々」と言っているような場合は、ちょっとぞぞぞってします。「話のネタ」とか。いま、こういうふうに「ネタ」という言葉を連発しまくっていて、自分でもぞぞぞってするのですが。

 

苦手な言葉というのは、けっこうたくさんあります。「ネタ」という言葉、他にどういう言葉で代用できるのか、ちょっと思い浮かびません。あと、「ぽろぽろ」という言葉も苦手です。カタカナで「ポロポロ」となると、もう本格的にぞぞぞってします。ジブリの『おもひでぽろぽろ』はわりと好きで、四回くらい見たと思いますが、もしタイトルが『おもひでポロポロ』だったら、まず四回も見ていないと思います。「ぽろぽろ」だって、ぎりぎり許容できる、というレベルです。自分だったら、「おもひでぼろぼろ」というタイトルにするかな、でも、それだとニュアンスがだいぶ違ってきますよね。「ぼろぼろ」という言葉は、大丈夫です。というか、けっこう好きな言葉です。濁音と半濁音でどう違うんでしょうね。「ボロボロ」は、あまり好きではないな。リリー・フランキーという人が、『ボロボロになった人へ』という小説を書いていたと思いますが(そしてぼくもなぜか持っているのですが)、ちょっと軽薄に見えるというか、サブカル厨的なオシャレ感、「俺っておもしろいでしょ」的な、押しつけがましく、抑制のきいていない下品さが感じられるので、「ボロボロ」はちょっと苦手です。

 

けっこう、「ボロボロ」という言葉について、けちょんけちょんに書いてしまったので、気を悪くされた方がいたら、申し訳ないです。「ボロボロ」という言葉一つで、こんなにこき下ろすお前の方が、品性下劣で押しつけがましいだろ、と思う人もいるかもしれないですね。たぶん、ぼくの、リリー・フランキーという人に対する、多分に先入観の混じった嫌悪感から、上のような文章を書いたのでしょうね。あのへんのサブカル系の人は苦手です。サブカル系の人の「オシャレ感」(「お洒落」、「洒脱」とは異なる)が苦手なんです。まったくの先入観なんですが。

 

それで、話を戻すと、ぼくは「ボロボロ」は苦手ですが、「ぼろぼろ」はけっこう好きです。他にも苦手な言葉はたくさんあるとおもいますが、いま気づいたのですが、自分の苦手なもの、きらいなものについて書くと、それを読んで不快になる人が出てくるので、これは控えたほうがいいですね。なんでも書いていいというわけではないですからね。