読みたい本

最近、読書にたいする熱意が弱まっているように感じられるのは、まだ読んでいない本、読みかけの本をぱらぱらするということをしていないからなのではないか、といま思いました。いま、居間のパソコンの横に積んである本をいろいろぱらぱらやっていたら、あれも読みたい、これも読みたいというふうになりました。『死にいたる病』をぱらぱらやっていると、おもしろそうじゃないかと思いました。これは拾い読みしかしたことがないんですけどね。いま再びちょっとページをめくってみました。赤で線が引っ張ってあるのですが、少し下に引用しようと思います。

 

「むしろ、精神的な意味では、人間は年とともに無造作に何物かになるものではない、というのが事実なのであって、この範疇こそ精神にもっともきびしく対立するものなのである、むしろ精神の場合には、年とともにひとりでに何かを失っていくというのが、ごくありがちなことなのである。おそらく人は年とともに、自分のもっていたわずかばかりの情熱、感情、想像力、わずかばかりの内面性を失うことだろう、そしてひとりでに(なぜかというに、こんなことはひとりでに起こるものだから)卑俗な人生観をいだくにいたることだろう。」(セーレン・キルケゴール死にいたる病』、ちくま学芸文庫、p111-112)

 

また、ルソーの『エミール』もおもしろそうだし(これも途中まで読んだのですが)、ニーチェの『悦ばしき知識』もいいですね。これは、とても難解ですが。パソコンの横に積んである本は、どれも、ページを開いてみると、おもしろく読めるものばかりですね。

 

あと、小説といえば、村上春樹のほかにも読みたいのがあって、それはたとえば、セルバンテスの『ドン・キホーテ』などです。

 

『神の慰めの書』は、194ページまで読みました。これで半分くらいです。340ページほどの本です。