人生の短さについて

今日はデイケアに午前だけ参加してきた。生活リズムについての講義のようなプログラムで、講師の人が「セネカって知ってる人いますか」と言っていたんで、ぼくが手を挙げて、「『人生の短さについて』という本を書いた人ですよね」と言ったら、なんかみんな「おおー」ってなった。それで、そのあとの休憩のときに三人くらいの人から、「哲学の本、読むんですか」と訊かれた。まあ実際は哲学についてはやっと初学者と自称できるかできないかくらいのところだと思っている。つまり、興味はあるけど、そんなによくは知らない、というレベル。

 

それで、ある通所者の人から「哲学ってなんなんですか」という非常に難しい質問をされて、まあぼくごときに答えられるわけがないんだけど、「哲学ってのは多くの人が当たり前のこととして意識しないようなことを、あえて考えるというようなものなんじゃないでしょうか」というふうに答えた。あと、「哲学者ってのは、みんな多かれ少なかれ自明性を失っていて、だから純粋な興味で考えているというよりは、もう少し命がけというか、真剣に考えているんじゃないかとぼくは思っています」と。こうした認識が正しいのかどうかわからないけど。あと、アリストテレスは、「哲学は驚きから始まる」と言っているけど、これに対して西田幾多郎は「哲学の動機は驚きではなくして、深い人生の悲哀でなくてはならない」と言っていて、ぼくはどちらかというとこの西田のほうの考えに共感する、ということも話せばよかったかな、とあとになって思った。

 

それで、帰りに早稲田まで行って、いねやの弁当を大学の構内で食べた。とても素晴らしくて、予想以上だった。一年振りくらいだから、こんなにもおいしいものだということを忘れていた。値段もジャンルも違うから、わせべんとは比較はできないけど、これを食べたら、わせべんで食べようという気はなくなる。ぼくはいねや派だな。でも、今日食べたからあげ弁当は、570円という値段は信じられないほど、内容が充実している。からあげが6個、ぎょうざが2個、あとコロッケ、野菜、漬物、梅干し、フルーツが入っていた。しかも、フルーツはバナナ、パイナップル、みかん、メロンが入っていた。一回の食事にこんなに満足したのは、久し振りだ。ぼくの知っているかぎりでは、ここのからあげを超えるからあげは食べたことがない。塩からあげで、味付けはあっさりしている。それで、かりかりとしている。

 

それで、今日はこれから、市役所に障害者手帳の申請をしに行く。五時までだと思うから、急がないと。