幻視、現実、ヴィジョンを見ること

埴谷雄高『幻視の詩学』が届いた。帰りの電車のなかで、鈴木大拙の『禅』(ちくま文庫)を読んでいた人がいたので(とてもおもしろい本)、本棚から大拙の『禅と日本文化』を引っ張り出してきた。実は、この本はまだ半分までしか読んでいない。大拙の代表作なので、読んでおきたい。ちなみに、大拙の本のなかでは、上の『禅』、あと『新編 東洋的な見方』、『日本的霊性 完全版』などがとくに好き。一つの本に集中したいんだけど、なかなか集中力が持続しない。今日の行き帰りは、ルソーの『エミール』を読んでいた。いま上巻の最初のほうだけど、あまりおもしろいと感じられない。いまのところ印象に残っているのは、人生は時間的に長く生きたものが長生きしたのではなくて、より多く体験したものが、長生きしたのだ、というようなところ。つまり、100歳まで生きても、それが「長生き」に当たるとは限らないということ。30歳までしか生きられなくても、「長生き」に当たる人もいる、ということ。これはなるほどと思った。で、とりあえず『エミール』は、本棚にしまった。今日はこれから、エックハルト『神の慰めの書』の続きを読もうと思う。本を一日に一冊、とは言わなくても、二日に一冊くらいのペースで読めれば、気分いいだろうなあ、と思う。ぼくは下手すると、一冊の本を読み終えるのに二週間くらいかかる。もっとかかることもある。本の内容にもよるけれど。

 

昔昔、統合失調症になる前の大昔は(いまから五年くらい前)、文章を書くとき、自分の目で見たものを写真を撮るように、忘れないようにするために書きとめておく、というやり方で文章を書いていた。おもに、自分の日々に感じたことを。忘れたくないことを、忘れないように、あとで思い出せるように、記録していた。そのころは、忘れたくない体験を日常的にしていたのだ。それで、正確に書くこと。いちばん適切と思われる言葉を選ぶことを心がけていた。頭で文章をひねり出すことはなかった。自分の考えを書くこともなかった。すでに出来上がったものを書くということはなかった。つねに、自分の目で見たものを文章に置き換えていた。そういう意味では、文章を書くのは楽だった。だって、目に見えているものを言葉に置き換えるだけだから。もっとも、言葉に置き換えることの難しいものも多かったから、適切な言葉を探すのに苦労することも多かった。

 

どうしてこういうことをいま書いたかというと、先日「幻視詩」という詩のスタイルがあることを知って、それはまさに自分の採用していたスタイルと同じなんじゃないかと思ったから。自分は、現実との接触を欠いていて、それは離人症的な意味で、ということなのだけど、つまり、現実感、という意味だ、どうにかして、現実感を再び感じられるようにならないものか、といろいろ頑張っていて、ときおり現実感を再び感じられる瞬間も多くなってきた。その「現実感」体験を、ぼくは言葉に置き換えていたのだ。再び現実感を感じられた喜び、それをもう二度と感じられなくなるんじゃないかという不安から。その「現実感」体験は、離人症でない人の感じている「現実」とは違った種類のものなのだと思う。「現実感」体験は、より現実であって、圧倒的な体験だった。そういう意味で、ぼくは「現実」を再び感じられるようになることを求めていたのだけど、実際に自分の見たものは、「幻視」的な、いわゆるヴィジョン的なものだったのだと思う。また、ぼくは昔即興演奏をやっていて、演奏において、このヴィジョンを表現したい、という欲求というか衝迫を持っていた。自分の見た「現実」、ヴィジョン、あるいは「幻視」を、演奏を通じて他者と共有したかったのだろう。ぼくの考えていたコミュニケーションとは、そういう種類のものだった。

 

いまは、たぶん読んでいる人もわかるだろうけど、文章を書く方法論がまったく違う。上の「幻視詩」のスタイルではない。ぼくは「幻視」をしなくなった。言い換えれば、「現実」、ヴィジョンを見ることはなくなった。だから、まさに現在自分の見ているところのものを書くということは、おそらくまったくないだろうと思う。