リズム感覚と間(ま、あいだ)

リズム感覚が失われる病気って、寡症状性統合失調症以外にないんじゃないか。そもそも、もともとあったリズム感覚が根こそぎなくなるという事態が起こり得るということ自体、普通は信じられないだろう。ドラマーがリズム感覚を失うってのは、ドラマーとしての死を意味している。もちろん、楽器をやっているときだけではなく、日常的にも、「リズム感」を欠いているのだと思う。木村敏はこれを「間」(ま、あいだ)と言っている。つまり、ぼくがドラムを演奏できなくなったのは、間の病理であるわけで、精神病理学的事態なのだ。つまり、楽器を演奏できなくなったというだけの問題ではなく、もっと日常的な問題。間が、ちぐはぐになっている。解体している。まとまりを失っている。ぼくがドラムに触ると、そのことがとてもありありとわかる。楽器は、その人の人間を現わすというが、同時にその人の間を現わすのだ。楽器に触ると、リズムが死んでいること、流動的な、生命的なものが途絶えていることが、とてもよくわかる。生き生きとしたものが、途絶えている。ミンコフスキーは「現実との生ける接触の喪失」と言っているけど、まさに、「生ける」接触が途絶えているのだと思う。