ドイツ語圏

いま気づいた。自分は英語圏の本はほとんど読んでいないけど、ドイツ語圏の本は、いくらか興味深く読んでいる。とは言っても、数えられるくらいだけれど。ユングフロイトエックハルトニーチェ。このへんの人たちの本をこれから時間をかけて追求していきたいと思っている。ユングは『無意識の心理』を三分の二くらい読んだだけだし、フロイトは『精神分析学入門』を途中まで読んだだけだし、エックハルトは『エックハルト説教集』、あと『神の慰めの書』を三分の二くらい読んだだけだし、ニーチェは『ツァラトゥストラ』、『善悪の彼岸』を読んだだけなので、ぜんぜん深くは読んでいない。

 

かんがえてみると、目標をしぼるということは、とてもたいせつなことだな。自分は、西田幾多郎鈴木大拙河合隼雄木村敏をはじめとして(なぜかみんな日本人だ)、ドイツの哲学、精神病理学、心理学、神秘思想に関心があるのだと思う。となると、自分が学ぶべき外国語は、英語よりも、ドイツ語なのではないか。リルケの詩にも関心がある。ドゥイノの悲歌。美はおそるべきものの端緒である。

 

昨日も、トーマス・マンの『魔の山』を引っ張り出してきた。上巻の三分の一くらいまでしか読んでいないけど、この小説はもう十年前くらいから読みたい読みたいと思っている。ゲーテだってドイツ語で書いている。カフカもそうだ。フランス語で書かれた小説で関心があるのは、ロマン・ロランの『ジャン・クリストフ』。これは、一巻の半分くらいまでしか読んでいないけど、とても印象深く、おもしろかった。これも、十年前くらいから読みたい読みたいと思っている。でも、大学二年のときに、大学の生協でこの本の一巻を買い、読んだときは、「自分は出会うべきものに出会った」と思った。

 

話が逸れた。

 

トーマス・マンカフカゲーテリルケヘルダーリン。自分はドイツの文学、哲学、心理学、精神病理学、神秘思想に興味を持っているのだと思う。

 

でも、英語とドイツ語を両方勉強するなんてできるのかなあ。ドイツ語を勉強しても、英語がまったくできないんじゃ、格好がつかないな。

 

いや、でも、ドイツ語を勉強するのは、いまはまだやめておこう。まずは、英語を勉強しよう。参考書も届いたばかりだし。