叫ぶことと書くこと

彼女のパダボルン大学詩学講座を読んでみると、Schrei(シュライ=叫び)とSchreiben(シュライベン=書く)が並んでいる。音的に見ても、意味的に見ても、書くことは叫ぶことと複雑な関係にある。でも、実際に叫びを文字にできるのは、少しは恵まれた環境にある者だけである。自分の受けたい教育を受けることができ、小説や詩を書いている余裕のある環境に育つことは、どちらかというとめずらしい。多くの者は、叫びたくても声を持たないので、眼ばかり大きく見開いて、人間たちが壊れていく様子をまのあたりにしながら、聞こえない叫びの中で死んでいくしかない。又、書く代わりに本当に叫び始めてしまったら、精神病者ということにされてしまう。書くことは叫ぶことではない。しかし、叫びから完全に切り離されてしまったら、それはもう文学ではない。叫ぶことと書くことは、切っても切り離せない関係にある。この二つの単語は、言語学的にみて語源が同じなのではなく、一人の人間が生きてきた過程でもう離れられないくらい密接に結びついたものなのである。(多和田葉子『エクソフォニー 母語の外へ出る旅』、岩波現代文庫、p28-29)