さらなる自己喪失を目指すことを強制されることに対して、抵抗しなければならない

働かずに家で過ごしていることは無意味で、外に働きに出ていれば意味がある、という先入観の押しつけに対して、強い抵抗、恐怖を覚える。ぼくが作業所の時間を増やして、就労に近づけば、ぼくの人生が前進しているというふうに見なされてしまうことに対して、強い抵抗、恐怖を覚える。そういう先入観は、とても楽天的で単純な発想だと思う。無思想といってもいいと思う。働きさえすれば人生はよくなる、という発想は、人生をあまりにも単純に見ている。一見正論に見えるけれども、そんな主張は小学生でもできる。ぼくの希望は、よりよい人生を、少しでもよい人生を目指したいというだけのことだ。そして、週35時間働くことになると、自分は幸福からは遠ざかることになると感じている。ただでさえ、さまざまな症状に苦しんでいるのに、自分から不幸になることを目指すことは、それこそ無意味だし、ぼくの人生観に反する。ぼくはユングのいわゆる自己実現の過程的に、少しでも全一的に生きたいと望んでいるだけだ。週35時間働くことになれば、自分にとって一番大切なものを失うことになると感じている。人間を単純な機械とみなし、人間を人間として見ない人に対して、ぼくは非常な恐怖を覚える。ぼくにとって第一義的なのは、あくまでも自己回復ということだ。作業所にどれだけ多くの時間通えるかが、回復の指標であるとは考えない。それは自己回復の指標とはならない。ぼくは自分が、週35時間働いて、そして自分の人生を失っている状態を明らかに想像することができる。ぼくにとって、週35時間働くことは、自己喪失の病にかかっている人が、みずから進んでさらなる自己喪失を目指すことにほかならない。それはぼくにとって端的に自殺であるように思われる。ぼくはよりよく生きることを目指さなければならないのであって、ただ生存することを目指しているのではない。