『カラマーゾフの兄弟』について少し

漱石の本は『吾輩は猫である』を七回くらい通読したのと、『三四郎』もこれも七回くらい通読したのと、あとは『それから』『門』『こころ』『行人』『坊っちゃん』をそれぞれ二回ずつくらい読みとおしたくらいなんだけども、いずれ他の小説も読んでみたいと思っている。『草枕』の最初のほうはとてもよかった。

いまはドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』を読んでいる。これも通読は五回目。ドストエフスキーについても、『カラマーゾフの兄弟』以外にも『悪霊』とか『白痴』とか読んでいないものを読んでみたいのだけど、なかなか読み進められない。『罪と罰』は二回通読したけど、後半になると内容についていけなくなった。結局何度も『カラマーゾフの兄弟』を読み直している。この小説にしたところで、後半は退屈に感じられる部分が多い。けれども、前半はとてもおもしろく読める。イヴァンによる大審問官、あとゾシマ長老の昔話の部分はとてもおもしろい。

いま手元に西田幾多郎善の研究』、鈴木大拙『日本的霊性』、『エックハルト説教集』を置いている。このあたりの本も昔熱心に読んだ。久しぶりに読み直してみたい。

今日は村上春樹騎士団長殺し』も少し読んだ。この小説は通読は三回目か。やはり村上春樹はおもしろい。読みやすいのと、読んでいて続きが気になる。何度読み直しても、ぐいぐいと話の世界にひきこまれる。村上春樹の小説、エッセイはひととおり読んだけれど、特に『ねじまき鳥クロニクル』はとても好き。自分に似た人が何人も出てくる。間宮中尉、加納クレタなど。彼らの体験は、ぼくの体験したものにとてもよく似ている。加納クレタ離人症的な経験、間宮中尉の、モンゴルの井戸の底で経験した宗教経験のようなもの。

カラマーゾフの兄弟』にしても、主要な登場人物のアリョーシャ、ドミートリイ、イヴァン、フョードル、スメルジャコフ、グリゴーリイ、ゾシマ長老、といった人たちも好きだけども、脇役でおもしろい人が何人も出てくる。特に好きなのが、ゾシマの昔話に出てくる、アンフィーム師、若きゾシマの兄マルケール、ゾシマのかつての従僕アファナーシイ、ゾシマのもとを訪れた謎の客ミハイル。

この小説の中で一番印象深かったのがゾシマの昔話の「ロシアの僧侶」という篇で、その中でも特に上に紹介した人たちの話が、一番印象深かった。それで上の人たちに関する昔話のあと、ゾシマによる説話と教訓という章がある。この章がとても好き。個人的に、この章がこの小説のクライマックスだと思っている。ゾシマのいう祈りということに、興味がある。あとになって、米川正夫だったか、荒正人だったか、による解説を読んだら、ドストエフスキー自身も「ロシアの僧侶」の篇がこの小説のクライマックスであるといっていたらしく、ぼくの読みも見当外れではないのだと思った。

「ロシアの僧侶」だけで、とんでもない密度の内容だと思うんだけど、このゾシマの思想がイヴァンの思想に対置されているのがおもしろいと思う。この二人の思想がどのように対立していて、どの部分で重なり合っているのか、そのあたりを今後読み直して理解したいと思う。

あと脇役ではリザヴェータ・スメルジャーシチャヤの話もおもしろい。スメルジャコフの母親とされている、宗教的奇人。あとスネギリョフ、イリューシャ、コーリャ。

一方で、グルーシェンカ、カーチャ、リーズといった女性の登場人物の出てくる場面は、退屈に感じられる。