ナラティブ形成

「自分とは何か?」という問いかけは、小説家にとっては――というか少なくとも僕にとっては――ほとんど意味を持たない。それは小説家にとってあまりにも自明な問いかけだからだ。我々はその「自分とは何か?」という問いかけを、別の総合的なかたちに(つまり物語のかたちに)置き換えていくことを日常の仕事にしている。作業はきわめて自然に、本能的になされるので、問いそのものについてあえて考える必要もないし、考えてもほとんど何の役にも立たない→むしろ邪魔になる。もし「自分とは何か?」と長期間にわたって真剣に考え込む作家がいたとしたら、彼/彼女は本来的な作家ではない。あるいは彼/彼女は何冊かの優れた小説を書くかもしれない。しかし本来的な意味での小説家ではない。僕はそう考える。(村上春樹『雑文集』新潮文庫、23-24ページ)

 

そう、小説家とは世界中の牡蠣フライについて、どこまでも詳細に書きつづける人間のことである。自分とは何ぞや? そう思うまもなく(そんなことを考えている暇もなく)、僕らは牡蠣フライやメンチカツや海老コロッケについて文章を書き続ける。そしてそれらの事象・事物と自分自身とのあいだに存在する距離や方向を、データとして積み重ねていく。多くを観察し、わずかしか判断を下さない。(同、26ページ)

 

「本当の自分とは何か?」という問いかけが、その論理的な歪みのゆえに、オウム真理教(あるいはほかのカルト宗教)に多くの若者を引き寄せる要因のひとつになったということは、本書でも大庭健さんによってしばしば指摘されているところだ。(同、26ページ)

 

これらの村上春樹の文章が、ずっと前から気にかかっている。初めてこれを読んだとき、がつんと来た。衝撃的だった。ぼく自身がまさに、村上春樹がここでいっているような、オウム真理教にのめりこんでいった人たちと同じような陥穽にはまりこんでいるように思ったからだ。

 

ブランケンブルクという精神病理学者の本に『自明性の喪失』というのがある。この本に出てくるアンネ・ラウという患者は、自然な自明性を失っているとされている。この本では、彼女は単純型分裂病とされている。ぼくはこのアンネという人にそれなりに共感できる。まったく自分自身と同じだと思うわけではないけど、かなり近い感じかたをしていると思う。

 

分裂病は、生涯治ることのない病とされている。そして、ぼくは自分を内省型単純型分裂病というのに近いと思っている。主治医は、「統合失調症神経症の中間」といっている。診断書の病名は、「統合失調症」。

 

ぼくの病気が生涯治ることのない病であるとするならば、自明性を失っている状況からは生涯ぬけ出すことができないということになる。村上春樹が上の文章でいっているような提言が、ぼくにとって具体的に意味を持つのだろうか。意味を持つのか、持たないのか、まだ答えは見つかっていない。つまり、考え方を変えていくだけで、ぼくの病気が改善するのかどうか。ぼく自身が体験している「自明性の喪失」のようなものは、言語的に理解する必要のあるものなのだろうか。もし言語的に理解する必要のないものであるとするならば、木村敏ブランケンブルクやビンスワンガーなどの分裂病精神病理学も、まったく必要のないものである、ということになるのではないか。精神科医にとっては必要であっても、患者当人にとって、そのような種類の自己理解は必要がないということだろうか。

 

ぼくは自己理解を欲している。自己といっても、自分という確かな、手に取って眺めることができるようなものがあると考えているのではなくて、自分と世界とのあいだの距離だとか、自分が世界と、あるいは人間とどのように対峙しているのか、それが知りたい。それがたんなる浮ついた知的好奇心によるものなのか、もっと切実な自己治癒を望む気持ちによるものなのか、区別ができない。

 

ぼくは落ち着かなかったり、瞬間に自分自身が閉じ込められていると感じられて苦しかったり、あるいは自分の感情がとても弱くなっていて、考えるために必要な生きた脈絡のようなものを感じることができなくなっていて、日常生活を普通に大過なく送ることができない。

 

うろ覚えだけど、「これが自分の傷口だといって手に取って示すことができるような傷は、たいした傷ではない」、これも村上春樹がいっていたことだ。ぼくは自分が異常であると感じているし、日々苦しい時間が多い。しかし、いまこの文章を書いていて、自分は果たして本当に精神を病んでいるのだろうか、という疑問がわいてきた。結局ぼくの抱えている問題は、自意識の病であって、架空の創作なのではないか? 神経症が架空の創作であると森田正馬がいっているように。

 

現実感がない、ものがあるという感じがしない、人間が生きている感じがしない、物事をスクリーン越しに眺めているようにしか感じられない、時間が流れていかない、体験がすべてばらばらの点となっていて、脈絡が感じられないといった、一般に離人症として説明される状況も、結局は自意識の病であって、もともと異常でも何でもない人が、何かをきっかけとして落とし穴にはまりこんでしまっただけのことではないのか?

 

時間が流れていかないということが、ぼくにとって最も苦しい問題だ。しかし、いつもいつも時間が流れないというわけでもない。喫茶店にいって二時間くらい本を読み続けることもできる。

 

ぼくが哲学、宗教系の本に引きつけられるのは、自己理解を求めているからだろうか、それとも浮ついた知的好奇心によるものだろうか。わからない。「わからない」ということが、ぼくのいまの状況を最も簡潔に言い表しているのではないか、そういう気もしてきた。自己理解をしたいのかどうかももうわからない。たしか、自分は信頼できる感情なり、体験をかつては持っていた。それがあるときを境に、失われた。そのような変移を納得して理解することのできるナラティブとして、木村敏やミンコフスキーの分裂病精神病理学だとか、鈴木大拙の禅思想、西田幾多郎の哲学などが役に立っているということなのではないか。

 

「生きるとは、物語をつむぐこと」というようなことを河合隼雄がいっていた。結局、ぼくにとって自分のナラティブを形成するためには、木村敏鈴木大拙西田幾多郎といった人たちの思想が必要だったのだと思う。いまも十分にナラティブを形成できているとは思わないので、これからも必要なのだと思う。

 

「私には自分自身がいちばん怖い。自分が何をするかわからないということが。自分が今何をしているのかよくわからないことが」

「青豆さんは今何をしているの?」

青豆は自分が手にしているワイングラスをしばらく眺めた。「それがわかればいいんだけど」と青豆は顔を上げて言った。「でも私にはわからない。今いったい自分がどの世界にいるのか、どの年にいるのか、それすら自信がもてない」

「今は一九八四年で、場所は日本の東京だよ」

「あなたみたいに、確信をもってそう断言できればいいんだけど」

「変なの」とあゆみは言って笑った。「そんなの自明の事実であって、今さら確信も断言もないじゃん」

「今はまだうまく説明できないけど、私にはそれが自明の事実とも言えないの」(村上春樹1Q84 BOOK1 後編』、新潮文庫、326ページ)

生活保護について、デペイズマンについて

今日はサンマルクカフェで一時間半くらい本を読んだ。今日図書館で、『生活保護で生きちゃおう! 崖っぷちのあなた!死んだらダメです。』という本を借りてきたので、それを最初から最後まで読んだ。

 

なぜ生活保護の本を借りたかというと、ぼくの彼女が最近、生活保護について考えているといっていたからだ。親が定年するまでに、つまりあと三年くらいのあいだに、一人暮らしを始めたいのだといっていた。それで、一人暮らしをするためには、障害年金と作業所の工賃だけでは当然生活できないので、生活保護に頼るしかないだろう、という話だった。彼女の母親は、「駅弁祭り君と一緒に暮らせばー」というふうにいっていたのだと。なるほど、彼女と一緒に暮らすという選択肢もあるのかなと思った。

 

ぼくは自分一人の生活費すら稼ぐことができていないのに、彼女と一緒に暮らすことなんて不可能だと諦めていた。将来的に、両親がいなくなったあとに独り身では寂しいだろうと思う。一緒に暮らすのであれ、いまと同じように別々に暮らすのであれ、お互いにいい関係を続けていければと思う。

 

生活保護については、最後の手段という印象があった。もう誰も頼れる人がいない、このままだと生活が立ち行かないという切羽詰まった状況になってはじめて受けられるかどうか、というものなのだと思っていた。扶養者がいるかぎり、受けることはできないのだと。親がいるあいだは少なくとも無理だろうと思っていた。うちは家も車もあるし、例えば両親がいなくなって、家も車も手放して、兄弟にも頼れないという最終的な状況に陥ってはじめて生活保護が受給できるかいなかなのだと思っていた。だから少なくとも当面は、ぼくには縁のない話だろう、と思っていた。

 

で、今回この本を読んでみた。なぜこの本を選んだのかというと、彼女が最近この本を読んだといっていたから。サンマルクにいる一時間半のあいだに通読できた。この本の趣旨は、「生活保護を受けている人は、どうしようもない駄目な人ではない」、「生活保護を受ける資格があるのに、実際には受給していない人がたくさんいる(日本では受給資格のある人のうちの二割程度しか実際には受給していない。フランスではこの割合は九割程度。先進国のうちでは日本は圧倒的に受給者の割合が少ないのだと)」、というようなことだった。生活保護を申請することをためらわないでほしい、というメッセージが全体に感じられた。

 

ただ、ぼくが気になるのは、扶養者がいる場合、生活保護は受給できないんじゃないかということ。あと、生活保護でどれくらいの生活ができるのかということ。具体的には、一日の食費にいくらくらい使えるのかということ。一例として、一日の食費に600円くらい使えると書いてあった。一食200円なら、やっていけないことはないと思った。マルちゃんの焼きそばだったら一食30円だし、スパゲティソースだったら二食入りで160円くらいで買える。

 

その一方で、ネットで「生活保護」で検索すると、やはり生活保護を受給することは難しいということ、あと生活保護を受給している人たちに対する世間の目は厳しいのだということがわかった。

 

でも、実際に両親がいなくなったあと、ぼくはどのように生活していけばいいのか。実際に働けるのだろうか。

 

話は違うけど、「再発が怖い」というふうにデイケアの職員がいっていた。つまり、働き始めても、再発してしまったら大変だ、と。ぼくはこの言葉に大変な違和感があって、再発ということなら、ぼくはずーっと病気の症状が緩和されたことはない、つまり八年前に発症した当時からいまに至るまでずっとぼくは再発のさなかにあると感じている。再発というか、一度も緩和されたことがないから、再発という言葉はまったく当てはまらない。ずっと症状のありかた、程度はいまに至るまで変わらない。いや、程度はかつてよりも少しだけ軽くなったかもしれない、がありかたは変わらない。その症状のありかたというのは、結局簡単にいえば、昨日の記事でも触れた、レインのいっている「二つの仕方で裂けていて、他者とともにある存在として生きることができないし、世界のなかでくつろぐこともできない」という事態。このデペイズマン的異化(見当違いということ)のような体験は、発症当時からいまに至るまで、一貫して続いている。毎日続いている。

 

このレインのいっている「くつろぐことができない」ということ、つまりデペイズマン的異化ということについて、理解してくれる人はとても少ない。ぼくが苦しんでるのは、幻聴でもない、妄想でもない。無気力に苦しんでいるし、感情の乏しさ、思考力の減退について苦しんでいるともいえるし、胸が空っぽになって息苦しくなるといった体感幻覚症について苦しんでいるともいえるし、ほとんど常に感じている焦燥感、じっとしていられない、落ち着きがないということに苦しんでいるともいえるけれども、最も根本的、本質的な問題は、レインのいっているような「くつろぐことができない」ということだ。デペイズマン的異化だ。木村敏の「あいだ」だ、共通感覚の問題だ、文脈のないことだ、現実との生命的接触の喪失だ、自然な経験の一貫性の解体だ。

 

ぼくが苦しんでいる問題は、いま挙げたようなことなんだけど、おそらく福祉関係の人は、この方面の症状について知らないのだと思う。なぜ知らないのかというと、やはりこの問題に苦しんでいる患者の数が少ないからなんじゃないか。例外的な患者を理解するための勉強をする余裕はない、ということだと思う。

 

このような問題について、理解するためにはやはり、木村敏精神病理学だけでなく、西田幾多郎の哲学、鈴木大拙の禅思想、エックハルトなどのキリスト教神秘主義思想などについて理解することも必要なのだと思う。福祉関係の人で、木村敏だけでなく、西田や大拙エックハルトまで勉強する人はたぶん非常に少ないんじゃないかと思う。おそらく。福祉関係の人で、河合隼雄の名前すら知らない人もいる。

 

ともあれ、生活保護については、まだよくわからない。ぼくがかりにいま家を出て一人暮らしを始めるとして、それで生活保護が受けられるとは思えない。市役所の人に、実家暮らししなさい、といわれるだろう。かといって、将来おそらく生活保護を受けるしか生き延びる手立てはなさそうなのに、いま作業所に通って、就労を目指しているのは意味があることなのかどうか、とても疑問だ。

 

ぼくは外目から見れば、多少は普通に見えるかもしれない。だから軽症ということにされてしまうのかもしれない。が、ぼくは自分では重症の「くつろげないやまい」、「デペイズマン的異化病」だと思っている。問題は、世間に「デペイズマン的異化」という「病名」が流通していないことだ。世間の人が、レインのいっているような事態、つまり「世界のなかにあって、くつろぐことができない」事態、デペイズマン的異化について、どれだけ理解しているというのか?幻聴が、妄想がないから、ぼくは軽症だというのか?デペイズマン的異化についてはどうなんだ?ぼくが軽症とみられるのは、世間にこのデペイズマン的異化といった事態が認知されていないからだろう。

 

自己病名をかかげる「べてるの家」みたいだけど、ぼくはそれなりに重症の「デペイズマン病」だと思っている。デペイズマンの問題について苦しんでいる人はおそらくとても少ないのだと思う。それなりの数の人がこの問題について苦しんでいるのであれば、この病気を持ちながらも働くことができている前例などが、文献とかに出ているはずだ。しかし実際にこのデペイズマンに苦しんでいる例は、木村敏の著作、ブランケンブルク『自明性の喪失』、レイン『ひき裂かれた自己』など、分裂病精神病理学のとてもかぎられた数の本にしか出ていない。

喫茶店でニーナ・シモン

いい喫茶店を見つけた。内装もいいんだけど、コーヒーもケーキもおいしくて、音楽はデューク・エリントンなどのスイングジャズとか、ルイ・アームストロングエラ・フィッツジェラルドなど。ニーナ・シモンの一枚目のアルバムの「マイ・ベイビー・ジャスト・ケアズ・フォー・ミー」が流れていて、嬉しかった。まあ確かにこの曲はテレビのCMでも使われたりしていて、ニーナ・シモンの曲の中ではいちばんポピュラーなものだろう。一枚目の「ユール・ネヴァー・ウォーク・アローン」なんかは、喫茶店のBGMにかけるには思い切りが必要なのだろう。あと『ニーナとピアノ+4』の曲も、喫茶店のBGMには不向きかもしれない。もし喫茶店で「エブリワンズ・ゴーン・トゥー・ザ・ムーン」とか、「イン・ラヴ・イン・ヴェイン」とか「ミュージック・フォー・ラヴァーズ」とかが流れていたら、ぼくはもう歓喜して快哉を叫ぶね。

 

いま家で、クレンペラー指揮、バッハミサ曲ロ短調を聴いている。これはもう十年以上聴いているのかな。バッハといったら、このミサ曲ロ短調と、マタイ受難曲、あとピアノ曲ゴルトベルク変奏曲平均律、インヴェンション、パルティータあたりをたまに聴く。クレンペラー指揮、あとピアノはグレン・グールド中心。ディヌ・リパッティも聴く。リパッティといえば、彼のバルトークピアノ協奏曲第3番は、とても好き。ピアノが気品にあふれ、音色に透明感がある。バルトークのこの曲には、木々のざわめき、小鳥の歌、土の匂いが感じられる。あとリパッティの演奏で好きなのが、ショパンピアノ協奏曲第1番。

三時間昼寝

二時半ごろから、五時半ごろまで三時間くらい昼寝した。眠くて起き上がれなかった。

ぐったり

午前は作業所だった。ひたすら疲れた。いまは息苦しさはないけど、ぐったりしていて、床からなかなか起き上がれない。眠い。今日も村上春樹を読もうと思う。

息苦しい、自分の病気の症状についていくつか

息が苦しい。過呼吸というやつだろう。ぼくの場合、胸のざわざわ感だとか、胸の中が空っぽの空洞になってその中を風がすーすーと吹いているというような感じに、息苦しさが伴っている感じ。これはとても苦しい。いまの病気になる前、神経症だったころは、自分にとって正しいこと、例えば聴きたい音楽を聴くとか、楽器の練習をするとか、大学の授業に出るとかすれば、一時的にこの息苦しさが収まるときが多かった。正しいことをすれば息苦しさが収まる、というような関係づけは、自分にとっては有効なナラティブ、物語だったと思う。

 

そして、いまの病気(主治医は統合失調症神経症の中間といっている)になってからは、この正しいことを見失ってしまった。いまの自分にとって正しいことがあるのかどうか、それすらわからない。これをすれば息苦しさが収まるというような、簡単な問題ではなくなっているように思う。

 

この息苦しさには、さらに目が見えているのに見えないような感じとか、手足ががくがく震えるような感じが伴うことも多い。このようなときは、何もできなくなる。とはいえ、何かをしなければ時間は過ぎていかないから、何かをしなくてはならない。何もできない、という感じを持ちながら、本を読もうと努めたり、ベランダに煙草を吸いに逃げたりする。

 

じっとしていられない。時間がなかなか過ぎない。時間がするすると過ぎていくこともあることはある。時間がとりあえずは過ぎたのだから、それで上出来だろう、と考えるときもあった。この時間の過ぎない感じが、作業所での作業の時間をつらいものにしている。作業所には週三日、一日三時間だけ参加しているけど、この三時間はとても長く、家に帰るとぐったりしていて、起き上がれないときも多い。極端に疲れやすい。

 

正しいことを見失ったというのは、どんな音楽を聴いても、楽器を練習しても、何をしても、この息苦しさが収まらなくなったということ。ずっと息苦しいわけではないけど、これをすれば息苦しさがなくなるというような、単純な構造ではなくなってしまった。

 

神経症だったころは、森田療法でいう恐怖突入すれば、自分は自分の欲しているところから逃げることなく、ちゃんと立ち向かっている、正しいことをしているのだという実感、充実感が得られた。これはとてもわかりやすい二極構造だった。自分は自分の欲するところから逃げているから苦しいのだ、自分の欲するところにちゃんと立ち向かえば、苦しみはなくなるのだ、というような。とても単純だ。

 

いまは、自分が何から逃げているのかもはっきりしないし、自分が何かに立ち向かっていると感じられるのは、本を読んでいるときくらいだ。だから、いまは読書ということにこだわっている。でも確かに、本を読んでいるときは比較的時間は普通に過ぎていくし、充実感、達成感も得られるし、楽しい。読書を通してこのような充実感などを得られなくなったとしたら、それは本当にまずい事態だろう。いまは少なくとも読書を通して、楽しみを得られる。自分が前に進んでいるという実感が得られる。

 

本当は、作業所に行かずに、毎日読書に打ち込みたい。しかし作業所の所長がそれを許してくれないし(ぼくにとって、どこにも通わないのはよくないことのように思う、のだと)、毎日家で本を読んでいるだけで、金だけ使っているのは世間体としてもよくない。所長は、「作業所をやめるとして、その先はどうするのか?」といっていた。もっともな疑問ではある。先がないのではないか。でも、いまが充実していれば、先はおのずと明らかになるのではないか、という思いもあるけど、それは楽観的過ぎるだろうか。未来というよくわからない不確実なもののために、現在を犠牲にするのが正しい生き方なのかどうか。

 

いまから一年と少し前に、作業所を三週間休ませてもらったときがあった。最初の一週間くらいは無事に過ごせたが、しだいに例の息苦しさ、目の見えない感じ、手足ががくがく震えるような感じがやってきて、落ち着かず、何もできなくなってしまった。一日中、家の中を歩き回ったり、ベランダに煙草を吸いに逃げたり、昼寝をしようと試みたり、端的にいって地獄的だった。そのときは、作業所などどこにも通わずにずっと家で過ごしていると、このような症状が強化されるのだろう、と判断した。だから、作業所には通ったほうがいいのだろう、と考えた。それでいまにいたる。作業所に通い始めてから、もう二年と少しが経つ。

 

この胸のすーすー感だとか、目の見えない感じを防ぐために作業所に通うというのは、動機としてはおかしいんじゃないか、とも思う。作業所に通うのは、本当は社会復帰なり就労を目指すためであるべきなんじゃないか。そのほうが、単純でわかりやすい。

 

ともあれ、いま記事を書いて二十分ほどがなんとか過ぎた。息はまだ苦しい。

村上春樹と漱石を読みたい

マルコ・ジ・マルコというイタリアのピアノトリオを聴いている。

 

読みたい本、気になる本はたくさんあるんだけど、優先順位をつけるのが難しくて、何から手を出したらいいのかがわからない。村上春樹は問題なく読み進められるんだけど、村上春樹以外にも読みたい本はある。漱石もわりと安全だと思う。『吾輩は猫である』は五回くらい、『三四郎』も六回くらい通読した。漱石の小説を全部読破するのがいいかも。漱石の作品は数としてはそんなに多くはないから、そんなに難しいことではないだろうと思う。いまは村上春樹世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』を読んでいる。通読は四回目くらいか。

 

たしかに、このようにブログに文章を書くと、自分の頭の整理にはなる。村上春樹漱石を読めばいいんだ、というふうに、自分が何をするべきなのかが明確になる。ブログにも何も利点がないというわけではないのだろう。

 

今日は英語の勉強も少しだけやったけど、迷いを感じるというか、自分にとって英語の勉強に意味があるのか、という疑問が浮かんでしまう。

 

最近、家でじっとしていられず、読書に集中できないときとか、眠くて昼寝してしまいそうなときには、サンマルクカフェに行って本を読むことがある。いつもだいたい二時間くらい滞在する。その間は読書に集中できる。

 

ともあれ、今日もこれから本を読もう。今日は休みだったけど、特にこれといって何もしていない。村上春樹漱石を読めばいいんだ、ということがわかった。

ネット依存

自分はネット依存だな。いま気づいた。煙草に依存して、ネットに依存している。考えてみれば、ネットをやめたほうがはるかに生産的な時間を過ごせるだろう。一日に10分間だけというふうに制限して使うぶんには問題はないのだろうけど。煙草はやめるのは難しいから、ネットはほどほどにしておこう。

久し振りの更新

久し振りの更新。二か月くらい前から、英語の勉強を始めて、少しずつ勉強している。英語は大学に入ってからもう十二年くらい、勉強していない。で、自分のいまの英語力を知るために、とりあえずトーイックを受けることにした。あと十日くらいで試験なんだけど、おそろしく低い数値が出るだろうと思う。その低い数値が印刷された紙を見ることで、英語を勉強しなきゃ、という気持ちが出てくるかもしれないし、却ってやる気がなくなるかもしれない。

 

いまは高校生のときに使っていた、速読英単語必修編、上級編を読んでいる。

 

音楽は、ここ最近はビル・エヴァンスを聴くことが多い。『エクスプロレーションズ』、『グリーン・ドルフィン・ストリート』の二枚をよく聴く。マハヴィシュヌ・オーケストラをひたすら聴いている時期もあったし、バーニー・ケッセルの『ポール・ウィナーズ』をひたすら聴いている時期もあったし、トニー・ウィリアムス『イマージェンシー』をひたすら聴いている時期もあった。いまはビル・エヴァンス

「生き物」同士の出会い、井戸掘り、パウロ

ぼくには哲学といえるようなものはない。人生観というくらいのものならあるかもしれない。というわけで、人生観の話。

 

人生観にしろ、哲学にしろ、自分の心を問題にすることなんじゃないかと思う。自己を探求することがこれ哲学であるならば、ぼくの場合、自己自身が消えてなくなってしまったのだから、哲学はできないということになる。統合失調症になるまでは、自分の心について、常に考えていた。自分の心が失われかけていることについて。自分はどのような部分で世界とつながっているのか。世界とのつながりがほとんど失われていたけど、でもかろうじて世界とのつながりは絶たれてはいなかった。だから、その細いかすかなつながりを常に凝視し、考えていた。自分の関心の対象は、ただひとつ、失われかけている自己と世界とのつながりだった。そういう意味では、そのころの自分の生き方は、哲学的といっても差支えはないかもしれない。

 

自分の人生、生き方について考えることと、自分と世界とのかすかなつながりについて考えることとが、まったく同じことだった。ぼくは常に音楽について考えていた。ぼくが音楽と呼んでいるところのものは、世界といかにつながるかという問題そのものだったので、ぼくにとって自分の人生について考えることと、自分と世界とのつながりについて考えることと、音楽について考えることとは、すべて同じことだった。その当時はぼくは哲学書なんて一冊も読んだことがなかったし、哲学には関心はなかった。ただ、自分がその日その日を生き残ること、十全で後悔のない生き方をするためにはどうすればいいのか、あるいは音楽の可能性についてだけ考えていた。しかし、そうした生き方は、いってみれば、きわめて哲学的な生き方といえるかもしれない。

 

もちろん、こんなのはたんなる名づけの問題なので、哲学的なんかではないよ、といわれても仕方がない。別に哲学だろうがなかろうが、どちらでもよい。ただ、ぼくは自分の人生について、自分が世界といかにつながれるのか、人間といかにつながれるのかについて真剣に考えていたのは事実だ。身体的に考えていた、といえる。

 

いまの自分はどうか。端的にいえば、身体的に考えることができなくなっていて(身体というのは心を指す。もっといえば、無意識を指すといってもいいかもしれない。心の根柢。)、不自由な頭でいくらか考えているだけにすぎない。哲学というのは、あるいは生きるということは、そういうことではないはずだ。身体的に考えることなしに、生きることができるだろうか、できはしない。我々が生きているのではない、我々の身体が(もう一人の自分、あるいは生き物が)生きているのだ。断じて、生きているのは我々ではない、生きているのはもう一つの世界における自分だ。

 

また、そのもう一つの世界では、出会うべき人たちが出会う。想像の世界、妄想の世界といってもいいかもしれない。しかし、現にそうした世界は存在する。我々が生きているのではない、我ではないこの生き物が生きているのだ。そうして、自分以外の誰かも、同じように、「自分が生きているのではない、生き物が生きているのだ」と感じているに違いない。そうして、生き物同士が出会うことになる。それは想像、妄想の世界で出会うといってもよい。

 

村上春樹が井戸堀りといっていたことも、このことだろう。健康人の多くは、自分の生き物を多かれ少なかれ、抑えつけて生きているし、我は我である、と信じて生きている。しかし、世の中のうちには、我は我ではなく、生き物である、と感じている人もいる。そうした人たちは、井戸をいくらか深く掘り進めた人だろう。パウロが「最早われ生くるにあらず、キリスト我が内に在りて生くるなり」(ガラテヤ2・20文語訳)といったのも、そのことだろう。そうして、このような人たちにとっては、自分の生きているこの世界こそかりそめの世界であり、もう一つの世界、生き物と生き物とが出会う世界こそが、真実の世界なのではないだろうか。