日記、本と音楽

統合失調症。普段の生活について書きます。

心の支え

小学校の勉強をやっている。なんでもいいから、前向きに取り組める物事があるのはいいことだ、と考えることもできる。

常に恐怖がある、自分は見当はずれな物事に時間を人生を費やしているのではないかという恐怖。何かに取り組み始めても、すぐにその恐怖が出てきて、取り組むのをやめてしまう。継続は力というし、続けなければ何事も成し遂げることはできない。

何が続いているか?音楽を聴くこと、これは続いている。ぼくは中学生のころに音楽を聴き始め、それ以来ずっと毎日音楽を聴き続けている。

音楽はあまりこちらを裏切ることがない。でも、音楽を聴いて何も感じないときも多い。それでも毎日、懲りずに聴き続けているから、たまに音楽を聴いていて幸福な気持ちになるときもある。

心の支えはなんだろう。ドストエフスキーの小説が心の支えとなっていると思う。ドストエフスキーの小説から長い間離れていると、虚ろな気持ちになる。二日も離れていると、暗い人生観を持つようになる。ドストエフスキーの小説を読んでいる間は、見当はずれ云々の恐怖は感じないように思う。

要するに、ドストエフスキーの小説を読みたいというだけのことなのかも。やりたいことをやっていれば安心していられるし、やりたいことから離れていると不安になる。そう考えるととても単純なことだな。

いま適当にカラマーゾフの兄弟の第二巻を開いたら、アリョーシャの大地への接吻の話が出てきた。これは好きな場面の一つ。

小学校の勉強は、それはそれで面白みを感じられるのだけども、ドストエフスキーを読むこととどっちが切実かで言ったら、考えるまでもない。優先順位で言えば、ドストエフスキーだし、ドストエフスキーを何度も繰り返し読んでいたほうが、自分はおもしろい人間になれると思う。何よりも、生き生きとしていられる。

勉強よりも、読書のほうが楽しいのだと思った。小説の本、宗教の本。