仏教、澁澤龍彦

図書館で、松尾剛次『仏教入門』、『澁澤龍彦全集 16』を借りてきた。

 

仏教にはずっと興味があって、初めて仏教的なものに触れたのは、高校のときに森田療法に出会ったときだった。森田療法は、根本的な部分で、仏教とつながりがあると思う。それで、そのあと鈴木大拙西田幾多郎に出会った。この人たちの思想も仏教と深いかかわりがあるとされている。ユング心理学も、いくらか仏教的とされている。文字どおり、河合隼雄の『ユング心理学と仏教』は、ぼくにとって大切な本。

 

でも、鈴木大拙西田幾多郎森田療法ユング心理学をとおして、仏教的なものに触れてはきたものの、仏教の入門書、解説書の類はいままでに読んだことがなかった。なので、やっと手に取ったという感がある。仏教の入門書、解説書の類を手に取るという選択肢自体、自分にはなかった。もっと早く手に取っていればよかったかな、と思う。でも、自分は仏教の入門書、解説書に手を出してはいなかったけれど、森田療法を真剣に勉強していたから、仏教的なものとずっと向き合ってきたのだと思う。

 

澁澤龍彦の全集は、「悪魔の中世」が読みたくて、借りてきた。澁澤龍彦は、文体が自分に合わないのか、なかなか読み進められた覚えがない。いままでに、澁澤龍彦の本は図書館で何回も借りてきた。自分には難しすぎるのかなあ。書いている内容は、神秘主義的なものとかかわりがあると思うので、読めてもおかしくない気がするんだけれど。

 

いま図書館から借りている本を列挙する。ヴィクトーア・フォン・ヴァイツゼッカー『病いと人』、澁澤龍彦『黒魔術の手帖』、『澁澤龍彦全集 16』、立花隆『生、死、神秘体験』、山我哲雄『キリスト教入門』、松尾剛次『仏教入門』。一貫性はあると思う。本棚を見ればその人がわかるとかいうけど、これらの本から想像される人間性って、どんなのだろう。実際、これらの本を全部読み通せるわけではないと思うけど、少なくとも、ぼくはこれらの本を読むような人になりたいのかもしれない。

 

今日は、午前だけデイケアだった。行き帰りの電車のなかでは、『キリスト教入門』を読んでいた。音楽は、ずっとビル・エヴァンスの『サンデイ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』を聴いていた。ここ何日か、このアルバムをひたすら繰り返し聴いている。このアルバムは、スコット・ラファロのベースを楽しむものだと思っている。いまは、ソニー・ロリンズの『ア・ナイト・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』を聴きながら、この記事を書いている。ヴィレッジ・ヴァンガードつながりなのは、たまたま。考えてみれば、この二枚のアルバム、同じ場所での演奏なんだよなあ。

 

いまは、『仏教入門』を読み進めているけど、とてもおもしろい。基本的な知識をおさえるというか、勉強のような感じで読んでいる。鈴木大拙を読むにしても、仏教の基本的な知識をおさえたうえで読んだほうがいいだろう。