言語化は大事

言語機能って、言葉って大事だと思う。言葉だとか理屈に頼ってはいけないというような意見も世の中には存在する。では何に頼るのか、それは直感だとか、勘だとか、感情だとか、そういうものなのだと。

 

ぼくの場合、自分が何を好きなのかとか、何に興味があるのか、それを言語化するのに失敗している感じがあるので、言葉は大切だと思う。

 

ミンコフスキー『精神分裂病』に出てくるある患者は、私は生命との接触を失った、その欠如を私は理知によって補っている、というようなことを言っている。ぼくはこの患者にとても共感するのだけど、でも理知によって補うといっても、補いきれるものなのだろうか?

 

ぼくが生命との接触を失ってしまった、といっていることは、勘違いなり妄想なのだろうか?それは違うと思う。そもそも、ぼくが生命との接触を失ったという考えに至った原因は、ジャズドラムの即興演奏ができなくなったことにあるのだから。ジャズドラムができなくなったのは、なぜなのか?それを探るために、ぼくは木村敏などを読んで勉強してきたのだと思う。きわめて実際的で具体的な動機だと思う。

 

話は違うけど、カントは面白い気がしてきた。いままでまったく触れたことがなくて、なんとなく自分には縁がないのではないかと思っていたけど、この前『純粋理性批判』を最初から少し読んだら、よかった。というか、カントを読まないで西田幾多郎を読んでいたのは無理があったのではないかと思った。