新聞を読む、外の世界を見る、勉強をする

新聞を読むことにした。いままで新聞を読む習慣がなかった。外の物事に目を向けることも大事なんじゃないかと思った。

 

いままで、心理療法精神病理学、哲学、宗教の本を中心に読んでいた。心理療法森田療法中心で、あと河合隼雄をいくらか読んだ程度。フロイトはまったく読んだことがない。精神病理学木村敏中心。哲学は西田幾多郎を少し読んだ程度。宗教は鈴木大拙とか聖書を少し、『宗教的経験の諸相』とか。

 

ここ一年くらいは、その手の本から遠ざかっていて、小説を中心に読んでいる。そのほうが自分にとって治療的と思われるのと、小説を読むことで外の世界に目を向けることができるのではないかと考えているから。漱石とか村上春樹とか平野啓一郎とか読んでいると、現実の物事に触れているという肌触りを感じることができる。抽象的な公式よりも、雑多な、具体的な事実に触れることを重視するべきなんじゃないか、という考えがある。それはジェームズ『宗教的経験の諸相』の冒頭に書いてあったことでもある。

 

どんなに深遠な公式であろうと、そういう抽象的な公式を手に入れるよりも、特殊な事実に広くなじんだほうが、ずっと私たちを賢くしてくれることが多いと私は信じているので、私は具体的な実例の数々をこの講義に盛りこんだ、そして、それら具体的な実例を、宗教的気質の極端に表現されたもののなかから選んできた。(ウィリアム・ジェームズ『宗教的経験の諸相』上巻、岩波文庫、9-10ページ)

 

まあともあれ、新聞を読むことから始めようと思う。新聞から始めて、いずれ実際の役に立つ勉強も始めたい。今までの人生で勉強をしたのは高校生のときの一年半だけで、勉強は基本的に苦手だ。小学校の算数から始めて、中学の数学の勉強もいずれやりたい。算数、数学、英語、政治経済、歴史あたりの基本的な知識は持っていたほうがいいと思った。